いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。
2024.12.09
「虎に翼」を彷彿、〝試験管ベビー〟誕生までのスペシャリストの共闘を描く「JOY:奇跡が生まれたとき」
アメリカでは、女性の権利として認められてきた人工妊娠中絶手術を禁止、制限する方向に世の中が進みつつある。日本では女性に必要な緊急避妊薬は薬局で購入できないのに、緊急性のないED治療薬は処方箋なしに薬局で購入できる方向で検討されているという。女性の選択肢を誰が奪おうとしているのか? そのいくつもの答えが示唆されている作品が、Netflixオリジナル映画「JOY: 奇跡が生まれたとき」(11月22日より配信中)である。
© 2023 Netflix, Inc.
主人公は看護師の女性、成功までの10年間の実話を実写化
本作は、看護師のジーン・パーディ(トーマシン・マッケンジー)、ケンブリッジ大学の教授で生物学者のロバート・エドワーズ(ジェームズ・ノートン)、腕の良い外科医で腹腔(ふくくう)鏡手術のスペシャリスト、パトリック・ステプトー(ビル・ナイ)が10年間の歳月を注ぎ、体外受精を成功させた実話を基にしたヒューマンドラマだ。
1968年、エドワーズは不妊治療の臨床研究に着手するために、ジーンを助手として採用し、同じく不妊治療に取り組んでいるステプトーに声をかけ、3人はチームとなる。被験者は、妊娠を望んでいるのに妊娠できないステプトーの患者たちだ。研究が緩やかながらも一歩一歩進むにつれて、マスコミや教会を筆頭に世間からの非難の声が日に日に高まっていく。
研究が進むたびに高まる世間からの非難
主人公のジーンは不妊治療という人助けに携わることで、人生で初めてやりがいを感じるようになる。しかし、唯一の肉親である母親は敬虔(けいけん)なクリスチャンだった。彼女は「体外受精は神の意志に反する」という理由でジーンを勘当し、ジーンは通っていた教会への出入りも禁じられてしまう。
さらにはステプトーが人工中絶手術も行っていることを知り、ジーンは大きなショックを受けるが、中絶手術の患者は性暴力の被害者だった。ステプトーはつまり、「女性にあらゆる選択肢を与えること」を信念として医療に取り組んでいたのだ。ステプトーの片腕である看護師長の「選択肢がなによりも大切なこと」という言葉がジーンを目覚めさせ、今の時代を生きる我々にも大きく響く。スペシャリストが女性の人権のために共闘する本作には、NHKの連続テレビ小説「虎に翼」を彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。
3人が医学研究評議会に呼び出されるシーンで、「不妊は少数の女性にしか影響しない限られた問題だ」と高齢男性が言い放つと、ステプトーは「男性の問題ならもっと真剣に取り組むのか?」と反論する。権威におもねらず、患者のことだけを考えている、気難しさと優しさが同居する職人気質の名医ステプトーを演じるのは、「生きる LIVING」でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたビル・ナイだ。ジーンが隠しているある問題に気付き、手を差し伸べる場面の名演技をぜひ見てほしい。
女性の選択肢が増える社会を願う
本作の主題は偉業達成の記録ではなく、20代だったジーンが30代になるまでの決して穏やかではない10年間の物語である。母親や教会との確執や、希望と落胆を繰り返す研究、生命倫理や宗教を理由に押し寄せる非難、そして自身の身体に生じる問題などが、エドワーズとステプトー、被験者たちとの関係の中で描かれる。
シリアスなテーマを真摯(しんし)に描いている本作は、下手すると暗く重いトーンになりかねないが、そうならなかった理由に、時代性のある音楽で彩る選曲のうまさがある。特にジーンがボーイフレンドとディスコで踊るシーンや、食堂のジュークボックスでジーンが選ぶ曲として流れる「Sweet Inspiration」などが映画に躍動感を与えている。
また、エドワーズ博士はケンブリッジ大学の教授だが、ステプトーの病院はマンチェスター郊外のオールダムにあるため、エドワーズとジーンはオールダムまで4時間の距離を車で通う。ドライブシーンに季節の変化を付けることで、イギリスの田園風景が視聴者の目を楽しませる。
そして忘れてはいけない存在が、不妊に悩む被験者たちが結成した「卵子クラブ」だ。ジーンの声掛けで彼女たちが季節外れの海に遊びに行き、ルードン・ウェインライト3世の「The Swimming Song」(73年)が流れる中、現実問題をさておき、ただただはしゃぐ。その姿を8mmフィルムカメラでとらえた叙情的な場面は、本作で異彩を放つ。希望があるからこその苦難を分かち合う彼女たちの笑顔に、仲間がいるから辛抱強く治療を続けられるのだろうなと感じさせられる。
2010年、この業績によりノーベル生理学・医学賞を受賞したエドワーズ博士が、ジーンの功績も歴史に残るように尽力したことがエンディングで明らかになる。権威のある男性がジーンを名もなき女性看護師に終わらせなかったこととその根拠こそ、つくり手がもっとも伝えたかったことと受け止めた。
Netflix映画「JOY:奇跡が生まれたとき」は独占配信中