エグゼクティブ・デシジョンTM&©Warner Bros. Entertainment Inc

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2022.4.26

謎とスリルのアンソロジー:「エグゼクティブ・デシジョン」対テロ鎮圧作戦、まさかの非常事態!

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

キーワード「ヒーロー不在の修羅場」

 

テロリストが乗っ取った旅客機奪還作戦

犯罪組織やテロ軍団がいくら恐ろしい災いをもたらそうと、最後は頼れるヒーローが獅子奮迅の活躍で平和を取り戻してくれる。それがハリウッドのアクション映画のお約束だ。しかし万一、ヒーローの役目を担うべき主役級の登場人物が、何らかの理由で肝心要の修羅場にいなくなったらどうなってしまうのだろうか。
 
そんなめったに拝めない〝もしも〟のシチュエーションを本当に書いた脚本家がいた。アーノルド・シュワルツェネッガーとエイリアンの肉弾戦を描いた異色SFアクション「プレデター」(1987年)で名を上げたジム&ジョン・C・トーマスの兄弟による「エグゼクティブ・デシジョン」(96年)である。
 
ギリシャからワシントンD.C.向かうジャンボ旅客機がイスラム系の武装テログループにハイジャックされた。リーダーのナジ(デビッド・スーシェ)の目的は、機内に持ち込んだ強力な毒ガス兵器を恨みあるアメリカ国内でまきちらし、東海岸全域を壊滅させること。アメリカ政府はトラビス中佐(スティーブン・セガール)率いる陸軍特殊部隊を特殊輸送機で派遣し、高度8000メートルを飛行中のジャンボ機にドッキングさせて内部に送り込む作戦を実行するが、作戦中に乱気流に巻き込まれ……。
 

90年代最強の男、スティーブン・セガールが途中退場!

本作が作られた90年代半ば、「沈黙の戦艦」(92年)、「暴走特急」(95年)の〝最強のコック〟ケイシー・ライバック役が大当たりしたスティーブン・セガールは、まさに無敵のタフガイ俳優だった。同時代のアクション・ヒーローである「ダイ・ハード」(88年)のジョン・マクレーンはとことん人間くさく、敵にやられそうでやられない不死身ぶりが魅力だったが、圧倒的な強さを誇るセガールには負けそうな心配が一切無用だった。
 
観客はセガールがあの仏頂面で、ばったばったと悪党どもをなぎ倒す姿に痛快なカタルシスを覚えた。ところが「エグゼクティブ・デシジョン」におけるセガールは、第1幕の終わりのジャンボ機潜入シーンで映画から〝退場〟してしまうのだ。
 
当時、何も知らずその衝撃的な展開を目の当たりにした観客は誰もがあぜんとさせられたが、それは取り残された登場人物たちも同じだった。特殊部隊の隊員4人(ジョン・レグイザモほか)、軍事アナリストのグラント(カート・ラッセル)、軍の技術研究員ケーヒル(オッリバー・プラット)という6人は、セガール扮(ふん)する絶対的なリーダーを失うというまさかの非常事態に陥り、一様に「俺たちだけで、この先どうしたらいいんだ」と言わんばかりの困惑の表情を浮かべる。
 

残り1時間半、取り残された隊員の〝寸止め〟のスリル

セガール退場の時点で映画はまだ1時間半近く残っているのだが、トーマス兄弟はリーダー不在のその後のストーリーを手に汗握るサスペンスの連続で描いてみせた。機内の裏側に隠れ潜んだ6人は、手分けして行動を起こす。
 
まず超小型カメラでテロリストに占拠された客席の状況を把握し、毒ガス兵器の捜索を行う。そして兵器に取りつけられた爆弾を解除したうえで、特殊部隊の3人(爆弾処理のプロであるひとりは、背骨を負傷して身動きが取れない)とグラントが一斉に客席に突入し、テロリストたちを射殺するという段取りだ。ところが、次から次へと誤算や難題が生じて突入できない。「作戦は中止だ!」。その〝寸止め〟のスリルがあまりにも絶妙で、見ているこちらはハラハラしすぎて目を丸くし、時には笑いを噴き出してしまうほどだ。
 
トーマス兄弟のユニークな脚本を得た編集マン出身のスチュアート・ベアード監督と俳優陣は、とにかく力を合わせて苦境に立ち向かうしかない登場人物の焦燥、不安、混乱を表現。彼らの協力者となる勇敢なキャビンアテンダントのジーン(ハル・ベリー)との連携シーンを絡め、失敗の許されないミッションの成り行きをぐいぐい見せていく。ホワイトハウスが戦闘機を放ち、400人の乗客もろともジャンボ機を撃墜させる〝最終決断(=エグゼクティブ・デシジョン)〟を迫られるエピソードも、いっそう緊迫感を高める。
 

カート・ラッセルはいるけれど

セガールが退場しても、カート・ラッセルがいるじゃないか。そんな意見もあろうが、本作でラッセルが演じるグラントは「ニューヨーク1997」(81年)などの無頼派ヒーローとはまったく異なり、パーティー会場から呼びつけられて場違いなタキシード姿で作戦に参加するはめになった門外漢の〝博士〟役である。戦闘の経験さえなく、突然、凶悪テロリスト相手の修羅場に放り込まれたグラントの顔には、終始じっとりと緊張の脂汗がにじんでいる。
 
そして本作の妙味は、〝ヒーロー不在の修羅場〟から意外な英雄が生まれるところにもある。怒濤(どとう)のスリルの果ての小粋なユーモアをまぶした幕切れは、何度見ても最高の心地よさだ。
 
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ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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