毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.7.30
この1本:「アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台」 「ゴドー」と自由を重ね
刑務所の受刑者が服役中に行う活動として、演劇のワークショップが開かれる。最初は渋々だった参加者がだんだん本気になり、やがて公演を成功させる――だけなら、どこかで見たようなと思っても不思議はないが、この映画、半ば過ぎあたりで公演を成功させ、早々に喝采を浴びてしまう。さてその後は。フランス映画らしいひねりと皮肉が漂って、結末も新鮮。
新しい指導者としてやって来た、売れない役者のエチエンヌ(カド・メラッド)。それまでの活動は寸劇のセリフを覚えて仲間内で発表するだけ。それではつまらない、本格的な舞台公演をと思い立つ。刑務所長に掛け合って半年後の「ゴドーを待ちながら」の上演を認めさせた。基礎から演技をたたき込み、囚人たちに自信を付けさせて、公演は大成功。新聞評でも絶賛され、あちこちから公演依頼が舞い込み、ついにツアーに出る。
前例のない所外活動に尻込みする刑務所長をエチエンヌが熱意で押し切るとか、囚人たちが羽目を外して問題を起こすとか、映画を弾ませるエピソードをテンポ良く盛り込み、笑いもふんだんにまぶして快調に進む。公演成功までの興奮が一段落した後半も、短いカットを重ねてたたみかける。家族という裏テーマが見えてくると、ギアが変わって単調さを感じさせない。
エチエンヌの舞台への執着の背景には、同業者の元妻と、大学生の娘への引け目がある。囚人たちそれぞれの、舞台に出る理由が明らかになっていく。自由を待ち焦がれる彼らの心境と「ゴドーを待ちながら」を重ねる仕掛けが次第に重みを増してくる。
クライマックスは、お偉方も顔をそろえたパリの大劇場での晴れ舞台。一直線に進む定番の物語にはない、複雑な感興を伴ったカーテンコールが待っている。エマニュエル・クールコル監督。1時間45分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)
ここに注目
1985年のスウェーデンでの実話がベースだが、現代のフランスを舞台にしたことで多様性というテーマが色濃く浮かび上がる。個性豊かな役者陣が、時にはぶつかりながらそれぞれの背景を感じさせる好演を見せた。セリフと格闘し、アクシデントと向き合いながら、驚きのラストまで臨場感たっぷりに見る者を引き込んでいく。囚人たちが演じるのは「ドライブ・マイ・カー」にも登場した「ゴドーを待ちながら」。彼らを演出した崖っぷち役者が演劇を通して再び人生と向き合い、〝自由〟の意味を投げかける過程にも胸を打たれる。(細)
技あり
ヤン・マリトー撮影監督の手持ち撮影は見ものだ。終盤、ツアーの途中で消えた囚人たちを捜すエチエンヌが町中を走り回り、地下鉄のホームでへたり込むまでを追う場面だけでも大変だ。中盤、囚人ともめ、怒って帰宅したエチエンヌが、「やめるのか、続けるのか」と問う刑務所長からの留守電を聞く。背景には都会の灯。直結で刑務所の実景、防犯灯だけで白い建物を浮き上がらせ、フェンスから下は黒く、広い夜空は群雲の間に月が見える。姿勢を正させる力を持つ画(え)だ。クールコル監督は「非常に柔軟な考え方の持ち主」とほめる。(渡)