第74回ベルリン国際映画祭は、2月15~25日に開催。日本映画も数多く上映されます。戦火に囲まれた欧州で、近年ますます政治的色合いを強めているベルリンからの話題を、現地からお届けします。
2024.2.18
イン前日の撮影中止から27年 「箱男」ベルリンに凱旋 第74回ベルリン国際映画祭
第74回ベルリン国際映画祭で17日夜(日本時間18日)、話題作を上映する「ベルリナーレスペシャル」部門で日本映画「箱男」が公式上映された。上映前には石井岳龍監督のほか、出演した永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市がレッドカーペットに姿を見せた。
映画は安部公房の小説が原作。段ボールの箱をかぶって自己の存在を消して生きるようになった男たちと1人の女の倒錯した関係を通して、現代におけるアイデンティティーの意味を問いかけている。
「もっとも狂った映画」
石井監督が32年前から映画化を構想し1997年には日独合作で製作が決まったものの、ハンブルクでのクランクイン前日に撮影中止。ようやく完成にこぎつけ、ベルリンでワールドプレミアとなった。上映前には、映画祭ディレクターのカルロ・シャトリアンが映画を「今回のベルリンでもっとも狂った作品の一本」と紹介。石井監督は「完成したのは奇跡と思う。ギャグやシュールなアクションも満載で、最新型のマジカルミステリーツアー。笑って楽しんで」とあいさつ。
現地時間午後10時半からの上映にもかかわらず、会場はほぼ満席。映画は段ボール箱をかぶった男たちが跳びはねながらぶつかり合ったり、裸の女性を箱の中から窃視する箱男を、もう1人の箱男が盗み見たりといった、奇妙な場面にあふれる一方で、偽物と本物を巡る議論が交わされるなど哲学的な部分も。観客は笑うよりもあっけにとられた雰囲気だった。
時代が追いついた
上映後には石井監督と俳優が登壇して質疑応答も行われた。石井監督は撮影中止の経緯を説明。27年前も永瀬、佐藤が決まっていたが、脚本はドタバタ喜劇的だったという。安部公房の死後、原作者遺族の意向で原作に沿った方向に企画が修正されたものの成立せず、その後ハリウッドに権利が預けられたがこちらも流れ、石井監督の再登板となった。「今の日本では難しい、チャレンジングな企画。27年前に頓挫したことは残念だったが、機が熟し、時代が『箱男』に追いついた。今回の作品を気に入っている」と話した。
また哲学的、メタフィクション的な原作の映画化については「原作の読者がみな箱男になるように、見た人全員が箱男になることを念頭に置いた。原作にある謎を解明しようと思った」と明かした。
永瀬は27年前の撮影中止の瞬間に立ち会ったという。「ハンブルクのホテルで、これからスチール撮影の場所を探しに行こうと集まっていたら、監督が呼ばれて出て行き、戻ってきて『この映画を中止にします』と。完成したことに監督の思いの強さと、ドイツでお披露目できることになんとも言えない思い」と、凱旋(がいせん)に感慨もひとしおだった。
かん腸の場面が……
観客から時代設定について聞かれた石井監督は「原作は1973年の設定だが、今の私たちと深く関わる映画にしたかった。安部公房は、情報化社会が人間にもたらすアイデンティティーの喪失状態を予言していた」とその先見性を指摘した。
俳優には「印象に残った場面は」との質問が。永瀬は「ラストシーン。情報に翻弄(ほんろう)される人間を描いていた」。続けて小さな声で「あとは、かん腸の場面ですかね」と、原作にもある箱男が女にかん腸される場面を挙げた。浅野も「かん腸シーンが……」。佐藤は「27年前の脚本より、アクションもドラマもよりシュールになり、本物とは、偽物とは、というテーマが明確になった」と答えていた。