誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2022.8.04
覚悟を決めて、いざ異世界へ! 三木ワールド全開「コンビニエンス・ストーリー」
「コンビニエンス・ストーリー」は、ドラマ「時効警察」シリーズや「大怪獣のあとしまつ」などで独自の世界観を作り出してきた三木聡さんが監督と脚本を手掛け、映画評論家でプロデューサーのマーク・シリングさんが企画を担当した、奇妙で恐ろしい異世界アドベンチャー。
劇中に登場する人物はくせ者ばかり。主演の成田凌さん演じるスランプ中の売れない脚本家の加藤こそ普通だが、その恋人は女優でジグザグといい、すでに名前から変わっている。異世界のコンビニエンスストア「リソーマート」で働く人妻・惠子は前田敦子さんが演じており、どこか妖艶な雰囲気を醸し出している。その惠子の夫でありコンビニのオーナーでもある南雲は、胸にタトゥーが入っており、山奥でワグナー楽劇をひとり指揮するのが日課という変人ぶりである。この束縛系変人夫役を演じるのは六角精児さん。彼から放たれる恐ろしいオーラはこの映画をさらに濃密なものにしているように感じた。他の登場人物もそれぞれ強烈な個性を発揮しており、全体を通して目まいがするような不思議な世界が描かれている。
謎に次ぐ謎。この物語はいったいどこへ……
本編の冒頭あたりで、加藤は執筆がうまくいかないストレスからか怪しげな薬を飲んでいる。その後、恋人ジグザグの飼い犬・ケルベロスの餌である「犬人間」を買うため、加藤はコンビニに行くのだが、そのコンビニで車が突っ込む事故に遭ってしまう。だが、吹き飛ばされたはずの加藤はなぜかけがをしておらず、「犬人間」を手に家に帰る。家に着き、ケルベロスに執筆中の脚本を消されてしまったことに気が付いた加藤は、腹いせにケルベロスを山奥に捨ててしまう。しかし、加藤は後味の悪さからケルベロスを探しにふたたび山へと入っていくが、そこにケルベロスの姿はなく、さらにはレンタカーが突然故障し、立ち往生してしまう。
この時点ですでにいくつもの疑問が浮かび上がってくる。加藤はなぜ薬を飲んでいるのか? 何の薬なのか? 薬のせいで幻覚を見ているのか? なぜ加藤は無傷なのか? ケルベロスはどこへ行ったのか?
しかし、どこまで行っても謎は解けない。
立ち往生してしまった加藤は、霧の中にたたずむコンビニ「リソーマート」で働く惠子に助けられる。
「おや、(スンッスンッ)、こっちの人じゃないんですね」
惠子の夫でコンビニオーナーの南雲は、加藤のにおいをかいで一言放った。
南雲の家に泊めてもらうことになった加藤は、とりあえず難を逃れたかに思われたが、その時すでに彼は現世から切り離された異世界に入り込んでしまっていたのだ。
境界はどこなのか。果たして加藤は現世に戻れるのか
怖さや不気味さがありつつも、迷い込んでしまうような、いざなわれるような不思議な世界が描かれているこの作品。今加藤がいるのは現世なのか、異世界なのか、はたまた空想の中なのか。
作品中に見受けられる細かい描写の意図とは? 付き合っているにしては異様な空気感のある加藤とジグザグの関係性。江場土事件。南雲のタトゥー。死者の魂が集う温泉町。バニシングポイント。コンビニ店員の名前。黒縁メガネの男。犬人間の容器に添えられた花。
こういった細かい描写を注意深く見てみるのも面白いかもしれない。ミステリアスさが絶妙で、配役もとても合っており、それぞれの演者の方の演技にも大注目である。
この「コンビニエンス・ストーリー」は、そういうことか!と徐々にひもとかれる感じもありながら、結局のところ謎は残ったままであり、何度も見て答え合わせをしたくなるような、答えを見つけたくなるようなそんな作品になっている。ただ、映画を見てすっきりしたいと思っている方にはおすすめしない(笑)。
最後に、この作品の監督である三木聡さんの言葉を添える。
「『謎は謎だから謎であり、すべての謎は解けてしまえば謎ではない』エレクトリックソウルマンの有名なセリフですが、その通りだと思います。
―中略―
果たして、この映画はどこに行こうとしているのか? 今となっては監督の私にすら判らないのです」
監督さえも判らないこの映画の行方。
なぜ? どうして?
考え始めたときにはもうすでに迷い込んでいる。そして一度迷い込んだら最後、そこから抜け出すことはできない。
ぜひ劇場でご覧になって、三木ワールドを体感してみてほしい。