「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。
2023.1.29
今いる場所が既に「特別」 「いつかの君にもわかること」:英月の極楽シネマ
病気で余命いくばくもなく、妻にも逃げられた33歳のシングルファーザー、ジョン(ジェームズ・ノートン)は、自分が死んだ後に一人になる4歳の息子マイケル(ダニエル・ラモント)を案じ、養子縁組先の家庭を探します。実話から着想を得たこの映画の原題は「NOWHERE SPECIAL」、直訳すると「特別な場所はない」。その言葉が表すように、ソーシャルワーカーの案内で養子縁組候補の家庭をあちこち訪ねたジョンとマイケルは、理想の家庭になかなか出合えません。自分自身が受けられなかった教育や、得られなかった両親からの愛情を、養子先で息子には与えたいと願ったジョンですが、息子にとっての幸せな家庭とは、と悩み始めます。
さて、ジョンの仕事が窓拭き清掃員ということもあり、いろいろな窓が映し出されます。窓の向こう側には、彼が手に入れることができない経済的な豊かさや、母親もそろった温かな家族の幸せがあるように見えますが、本当のことは分かりません。向こう側から見れば、こちらが幸せに見えているかもしれないのです。つまり「特別な場所はない」のです。
これは私たちにも当てはまること。何かを得て、環境を整えて、特別な場所になるのではないのです。新型コロナウイルス禍で当たり前の有り難さを知らされたように、ここが既に特別なのです。「どこか別の家に住みたい?」と尋ねるジョンに「おうちがいい」と答えたマイケルの言葉は象徴的です。幼い息子を自分の死後も守りたいと願う父親の姿に目頭が熱くなりますが、そんな彼も周囲の人たちから気に掛けられ、守られています。その姿を通し、気付いていないだけで、実は私も守られているのだと温かな気持ちになりました。
2月17日、東京・YEBISU GARDEN CINEMAほか。大阪・シネ・リーブル梅田(3月10日)ほか順次全国でも。