ひとしねま

2023.2.03

チャートの裏側:驚くべき新たな時代劇

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

時代劇の歴史に、新たなページが加わったと言っていい。「レジェンド&バタフライ」である。実に野心的な時代劇だ。織田信長を主人公にして合戦をメインに描かない。豊臣秀吉(のちの)、明智光秀、徳川家康らとの丁々発止を描かない。ないないづくしの時代劇なのであった。

話の中心を、信長と正室の濃姫との濃厚な関係性にもってきた。2人の恋愛劇とも言えるが、単純ではない。おのおのが尾張と美濃の命運を抱えこんでいるから、激烈にぶつかり合う。濃姫の挑発、機転が信長を動かす。権力の頂点への道筋が、2人の共同作業のように描かれる。

見事だと思ったのは、信長を、天下統一を夢見て果たせなかった歴史上の悲劇の人物にしなかったことだ。悲劇のなかに、信長と濃姫がともに見る夢を盛り込んだ。「人にあらず」と言い放ち、殺りくを繰り返す権力者が、1人の個になる瞬間である。映画は、信長を救った。

本作の興行は、スタート3日間で興行収入が約5億円だった。健闘したと思う。案の定、客層は年配者が多い。年代的に、これまでの定型化された戦国絵巻に期待する人もいよう。そのような認識からすると、驚くべき内容かもしれない。ただ、その驚きが時代劇の新たなページの意味するところでもある。本作は時代劇の書き換えである。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)