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「アップルサイダービネガー」より© 2024 Netflix, Inc.
2025.2.20
承認欲求の果てにあるものとは?! インフルエンサーの栄光と転落を描いた「アップルサイダービネガー」
2月6日(木)から配信されているNetflixシリーズ「アップルサイダービネガー」(全6話)は、並々ならぬ野心と承認欲求を持て余す主人公が、うその経歴で成功をつかんだ後に、うそをうそで塗り固めて破滅していく姿を描く、実話をもとにした作品だ。
ドラマの舞台は2010年代のオーストラリア。主人公のベル・ギブソンは、脳腫瘍で余命6週間、長くて4カ月と宣告されたが、健康食を取り入れた代替治療でがんを克服したというプロフィルで、注目のインフルエンサーとなる。彼女はFacebookとInstagramで情報発信し、開発した料理アプリ「THE WHOLE PANTRY/ザ・ホール・パントリー」がApple社に採用され、世界にネットワークを持つペンギン・オーストラリア社から念願のレシピ本が出版される。
だが、彼女は脳腫瘍どころか、脳に問題が見つかったことすらない(うそつきという意味では病気だったかもしれないが)。彼女の物語は書き出しからうそっぱちだったのだ。
主人公のうそで人生が狂った「被害者」と「加害者」
本作はベルのストーリーと、ベルのうそによって人生を狂わされた〝被害者〟たちのストーリーが、時系列を行き来しながらテンポよく編み上げられていく。
べルのライバル的な存在がミラ・ブレイクだ。悪性腫瘍ができた左腕の切断を回避するために、化学療法を拒否して代替治療にのめり込む。その体験とポジティブなメッセージを(高額な代替医療費を稼ぐために)ブログでシェアし、インフルエンサーとして支持されていくが、ベルの出現により苦境に陥っていく。彼女は被害者であり、悪意のない加害者でもある。
ルーシーは乳がんのステージ3。化学療法を受けるが体調が芳しくないため、ベルやミラが発信する情報に希望を見いだし、化学療法に背を向け始める。彼女の立ち位置は、純粋な被害者だ。
そして本作のもう1人の主人公といえる人物が、ミラの親友・シャネルだ。飛び級で高校を卒業した頭脳の持ち主で、マネジャーとしてミラを支えていたが、ベルが提示した高額の報酬と刺激的な職務に無邪気に釣られてしまう。その後、ベルの正体に気づいた彼女はミラへの罪滅ぼしに、新聞社の調査報道部門にリークする。そこにはルーシーの夫でジャーナリストのジャスティンがいた。
うそつきヒロインの悪役ぶりが全6エピソードをけん引する
ベルは希代の悪女というほどではなく、ネットかいわいでよく見かける嫌な女のあるあるを寄せ集めたようなキャラクターだ。
たとえば、たいして親しくもない人への「お悔やみ」投稿だ。そこには哀悼の意などはなく、「この人と知り合いの私」や「この人の死に心を痛めている優しい私」をアピールする狙いしかない。
また、パクり癖も相当なもの。ミラがブログにつづった名文を盗用してスピーチし、Instagramの画像(のアイデア)も平気でパクる。
慰めや同情がほしいとき、注目を集めたいときは、必殺技の「仮病」を繰り出す。SNSで「◯◯がんと診断された」とうそをつき、たくさん飛んでくるハートマークを見て恍惚(こうこつ)とした表情に。彼女はつまり、SNS依存症なのだ。10代の頃に失恋したときは、心臓発作のふりをしたことも。都合が悪いときは「頭痛がする」と大騒ぎ。パーティーではここぞというタイミングでド派手に大皿に盛った料理を落としながらけいれん発作をやってみせた。
危機回避術の基本は「逃げ」の一手だ。追い込まれたら号泣して追及する側を加害者に仕立てる。何らかの支払いを迫る相手は、連絡が取れないようにブロックする。痛いところを突かれたら、「んー」ともったいぶってから軽く舌打ちし、吐息交じりの親密なしゃべり方でああだこうだとはぐらかす。
とはいえ、口が達者で社交的なベルは魅力的でもある。使えると判断した人物には初対面だろうが(いや、だからこそ)ハグをし、誰彼構わず目を見て「愛してる」と語りかける。そして10年来の親友のように接し、毎日のように、たわいのない画像や近況、メッセージを送りつける。シャネルは自身に向けられたこの攻撃を「ラブ・ボム(愛の爆弾)」と呼んでいる。賢いシャネルにすら効果があったのだから、闘病中のがん患者が籠絡(ろうらく)されてしまうのは仕方ない。
渾身(こんしん)の仮病、うそ泣き、ラブ・ボムなどさまざまな技を繰り出す〝魅力的な嫌われ者〟を演じているのは、「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」(19年)や「DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機」(21年)のケイトリン・デバーだ。
ベルは生い立ちが若干不憫(ふびん)なので同情を誘う演じ方もできなくはない。だが、デバーは「フェイク(にせもの/インチキ)」として容赦なく演じきった。そのアプローチが、「この女がどのように痛い目に遭うのかを見届けたい」というモチベーションを視聴者に与え、ラストまで連れて行く。
うそつきヒロインから目を離せないという意味で、ドイツの大富豪の令嬢をかたりニューヨークの上流階級で詐欺を働いた「令嬢アンナの真実」(Netflix シリーズ)が好きな人におすすめだ。
Netflix シリーズ「アップルサイダービネガー」は独占配信中。