「シビル・ウォー アメリカ最後の日」

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」©️2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

2024.10.04

観客を戦場に放り込む ダイナミックレンジ、同録、対位法音楽 録音技師が〝聴く〟「シビル・ウォー」後編

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

根本飛鳥

根本飛鳥

録音技師の根本飛鳥と申します。10月4日公開の「シビル・ウォー アメリカ最後の日」(アレックス・ガーランド監督)を一足先に鑑賞する機会をいただき、想像を絶する映画音響体験に驚嘆しました。今作の音響面からの見どころ(聴きどころ)を2回にわたり解説する後編は、今作の音響演出の〝異常性〟を細かくみていきます。


グレン・フリーマントルの凶悪な音響設計

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」の特筆すべき点は、「ゼロ・グラビティ」や「ミッション:イン・ポッシブル/デッドレコニング PART ONE」でもその抜群の手腕で作品を彩ったサウンドデザイナー、グレン・フリーマントルの非常に凶悪な音響設計にある。日本の映画製作文化では、まだこのサウンドデザイナーと呼ばれる役職は普及していないが(撮影現場で音声を収録する録音技師が、撮影後の音声仕上げまで担当する文化が根強く残っているため)、海外では一般的であり、作品製作の音響周りのディレクションサポートを担当する非常に大切なポジションである。

今作でグレン・フリーマントルと監督のアレックス・ガーランドが目指したのは「現代戦闘のリアルを徹底的に音響で伝える」ということだ。そのために現役のネービーシールズの隊員などに詳しくヒアリングを行い、彼らが「現場で聞いている音」の完全再現を目指した(作中でも兵士役として、多くの現役、退役軍人が参加している)。

映画音響には「ダイナミックレンジ」という用語があるのだが、これは作品の「一番小さい音と一番大きい音の差」を意味する。今作はとにかくダイナミックレンジが広い。ここまで音量差を付けた作品は、過去の私の鑑賞経験に無いものであった。特に作品中盤、初めて前線に同行する際の静かな会話シーンから、突如切り裂くような銃声と共にシーン転換する瞬間は、分かっていても口から心臓が飛び出しそうになるのだ。


火薬増量、撮影現場でも大音量

ガーランド監督は、今作の撮影時に通常の空砲より火薬量を数倍増やしたものを使用したと発言していた。現場で銃器の発砲という描写に対して、ナチュラルに「びっくりしている、怖がっている」役者が撮りたかったからだそうだ(おかげで撮影中は近隣住民からしょっちゅう苦情や通報が入り、何度も警察が現場に来たらしい)。音響的には、現場の空砲の音はポストプロダクション(撮影終了後の編集作業)時にサウンドエフェクトに張り替えて製作されるのが一般的だ。今作では、非常に鋭い本物の銃声がサウンドエフェクトで付加され、観客は現場で恐怖におののく俳優たちと同じ感情にさらされる。

グレン(フリーマントル)いわく、今作はほとんどADR(Automated Dialogue Replacement、和製略称はアフレコ。撮影後に役者の声や息遣いをスタジオで収録する作業)を行っていないそうだ。劇中の悲鳴、恐怖の息遣いは、大半がその現場で収録されたものが使用されている。そのあたりも必聴である。ラストに市街地での大戦闘シーンが描かれるまでは基本的に小規模な戦闘がメインで描写されるのだが、その中で放たれる一発一発の銃声ですら、とにかく鋭く、怖い。
 
また、作中シャーロッツビルからワシントンDCに向けてヘリが飛び立っていくシーンも、サブウーファーにこれでもかと投入されたヘリコプターのローター音が低域の波動となって劇場全体を地鳴りのように揺らしていた。こんな劇場体験をしたのは、14年前に東京・吉祥寺バウスシアターの爆音上映「プライベート・ライアン」でティガー戦車が近付いてきた時以来である。私はDolby Cinemaという音響特化環境で鑑賞したのも相まって、フルパワー状態の戦場音響はかつて劇場で経験したことのない「恐怖感」を味わわせてくれた。今作の音響製作時のベースフォーマットはDolby Atmosである。その真価を存分に味わうためにもDolby Cinemaでの鑑賞を強くお勧めしたい。

音響だけでなく、劇伴などの音楽表現も作品全体を通して徹底的に「振り子の理論」を貫き通し、凄惨(せいさん)な映像に対してSilver Applesの「Lovefingers」やDe La Soulの「Say No Go」など、非常にミスマッチなポップミュージックがちりばめられており、作品のアイロニカルなイメージを増幅させている。このコントラプンクト(対位法)と呼ばれる音響演出技法も戦争映画では散見されるもので、キューブリックが「フルメタル・ジャケット」で荒廃した街を進軍する兵士たちに「ミッキーマウスマーチ」を歌わせたラストシーンは、今でも語り草となっている。SUICIDEの「Dream Baby Dream」が流れる今作のラストシーンも、コントラプンクトによる非常に印象的なシーンとなっているので注目してほしい。


内戦の背景描かず 観客を巻き込む

今作は「なぜアメリカで内戦が起こったのか?」などの説明を行わずにストーリーを進行させることによって、作品中で描かれるキャラクターたちの混乱と近い状態に観客を置きたい、という製作側の意図がある。冒頭に流れるニュースから読み取れる設定も、現実のアメリカの状況を理解している人ほど混乱するように巧みに作られている(カリフォルニアとテキサスが手を組み連合州として国と戦っているという設定だが、現実世界ではカリフォルニアは左派、テキサスは保守派の強い州のために同じ国内でも政治思想が正反対)。「アメリカがもし内戦状態に突入したら」というフィクションの設定上、現政権vs民衆という構図にはなるものの、どちらが何を正義として主張し戦うのかは描かれない。描かれるのは同じ人種の人間が殺し合う恐ろしさのみである。

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は、日本では米大統領選挙を1カ月後に控えた10月4日に公開される。この作品で描かれている世界は、はたして映画の中だけの絵空事なのだろうか。この大統領選を機に世界の情勢は大きく動くことが予想される。世界の行方を、そして今作が描くアメリカの未来を、あなたにとって未知の劇場体験になるであろう今作に身を投じて見つめてみるのはいかがだろうか。

今回の記事を書くにあたりお忙しい中チェックをしていただいた編集部、ライターのSYOさん、そして内容拡充のサポートに多大なるアドバイス、ご指摘をいただいた業界の先輩である高木創さんに感謝の言葉を述べて筆をおかせていただきます。本当にありがとうございました。

関連記事

ライター
根本飛鳥

根本飛鳥

ねもと・あすか 録音技師。1989年生まれ、埼玉県出身。多摩美術大在学中から活動を始め、インディーズから商業大作まで幅広く参加。近年の主な参加作品は「哀愁しんでれら」(2021年、渡部亮平監督)、「余命10年」(22年、藤井道人監督)、「最後まで行く」(23年、藤井道人監督)、「ちひろさん」「アンダーカレント」(ともに23年、今泉力哉監督)、「パレード」「青春18×2 君へと続く道」(ともに24年、藤井道人監督)。Netflixオリジナルシリーズ「さよならのつづき」は配信待機中。

この記事の写真を見る

  • 「シビル・ウォー アメリカ最後の日」
さらに写真を見る(合計1枚)