「よだかの片思い」©島本理生集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会

「よだかの片思い」©島本理生集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会

2022.9.15

恋は自分と向き合うこと コンプレックスを包んでくれる「よだかの片想い」の優しさ 山田あゆみ

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

山田あゆみ

山田あゆみ

だれにでも、大なり小なりコンプレックスはあるだろう。もちろん私にも、ある。私はコンプレックスから、なるべく目を背けて生きてきた。自分にないものをもっている誰かをうらやんで、嫉妬して、落ち込んで……。そうしてまた、見なかったふりをする。

 

顔のアザを受け入れるようになるまで

「よだかの片想い」の主人公、大学生の前田アイコ(松井玲奈)は、顔にあるアザが原因で生きにくさを感じている。小学生のころ周囲からアザをからかわれたことをきっかけに、遊びにも恋にも消極的に過ごしていた。そんな中、取材を受けたルポルタージュ本が出版され、その映画化を希望する監督の飛坂逢太(中島歩)と出会う。
 
アイコは顔のアザそのものにコンプレックスがあるというより、「アザがあるから可哀そう」という扱いを受けることに違和感を抱いて生きてきた。しかし飛坂なら「きっと、私の左側を否定しない」と感じる。飛坂は、アイコの第一印象を「強さと恥ずかしさが入り交じったような表情が、葛藤しながらも堂々と立っていて、きっと頑張っている人なんだろうな」と語る。アイコは自分を受け入れてくれたと感じて飛坂に心を開き、目を背けてきたトラウマに逃げずに向き合うようになる。ためらっていたオシャレや遊びにも目を向け始めて、アイコは変わってゆく。
 
だが、飛坂の映画撮影が始まって会えない日が続き、次第にすれ違うようになると、思ってもいなかった感情も知るようになる。料理や掃除をしてかいがいしく尽くしても、手応えを得られない寂しさ。彼の元恋人から聞かされる知らない一面に、動揺して抱く嫉妬心。そんな胸を焦がすような思いを知ったアイコは、自分が愛されたがっていたことに気付く。そして同時に、自分を愛せていなかったのは、他の誰でもなく自分であることにも。


 

「好きになって」矢印は自分に向いている

「好きな人に、好きになってもらいたい」という思いは、気持ちの矢印が相手に向いているようで、いつしか自分に向いている。「人を好きになること」は、すなわち自分と向き合うことだ。
 
自分自身に真正面から向き合ったアイコは、飛坂だけでなく、仲の良い友人らが、アイコの内面を知ってそばにいるのだとわかる。自分の本質を認めてくれる存在に気付いたのだ。アイコは心無い言葉をかけるような相手と関わらないように、慎重にひとを見極めて生きてきた。そうしてできた、心の深い部分でつながっていられる関係を改めて自覚して、アザがあって良かったとすら思うようになる。
 
そう感じられるようになった彼女のキラキラした横顔を見ていて、気づけば涙がこぼれていた。凜(りん)とした表情と、穏やかだけど力強いまなざしがあまりに美しかった。こんなふうに自分を認められる恋って、なんて尊いんだと思わせる輝きがあった。


 

恋しても結婚しても、消えない私の苦い思い

そんなアイコの姿に感動しながら、私は苦い思いも感じていた。恋愛を通して自分のコンプレックスに苦しんだ経験がよみがえったからだ。
 
振り返れば、10代で初恋を知り、20代では積み重ねて育む恋愛を経験したつもりだ。好きな人に好きだと言われると、世界一の幸せ者になったように浮かれ、コンプレックスなんて吹き飛んでしまう。しかし、好きな人から拒絶されれば、自分を全否定されたようで、欠点ばかりが気になってしまう。
 
結婚をして30歳をすぎた今、コンプレックスに打ちのめされるようなことはなくなったが、それでも好きな人から受け入れてもらえない時の絶望感はいまだに鮮明に覚えている。その時に苦しんだコンプレックスは、まだなくなってはいない。


 

変わってもいい、そのままでもいい

アイコは、手術でアザが取れることを知ってからも、その手術を受ける決断をしなかった。その上で、友人からメークでアザを隠す方法を教わる。それは、アイコ自身がどちらも選べるという自由を手に入れた場面だった。「変わろうとしてもいい。そのままでいてもいい」というやさしい選択肢を示してくれているようだった。
 
周りの目を気にしたり、誰かと比べたりすることで深まっていくコンプレックスに、どう向き合えばいいのかわからない人は、私以外にも大勢いるだろう。でも、克服することが全てではない。それありきの自分そのものを、まずは受け入れてみる。そうすれば、生きにくさは減るはずだ。コンプレックスを抱えて生きることは、不幸なことではない。自分を愛してさえいればいいのだから。そして、消すことができるコンプレックスなら、消してもいい。どちらも自分次第なのだ。
 
この映画を見終わって爽やかな気持ちになったのは、私の苦い思い出も包みこむような、そんな優しさを感じたからだ。自分を受け入れ、愛することができれば、きっと自由に生きられる。見る前と何も変わっていないはずなのに、私はどこか解放されたような気分だった。
 
9月16日、全国順次公開。

ライター
山田あゆみ

山田あゆみ

やまだ・あゆみ 1988年長崎県出身。2011年関西大政策創造学部卒業。18年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを開催。「カランコエの花」「フランシス・ハ」などを上映。映画サイトCinemarcheにてコラム「山田あゆみのあしたも映画日和」連載。好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を見る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中。