毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.4.01
この1本:「TITANE/チタン」 壊れて荒ぶる愛の寓話
こんな映画、見たことない。ジュリア・デュクルノー監督の第2作は観客の限界を試すように攻撃的で、バカバカしくも恐ろしく、既成の枠を木っ端みじんに破壊する。カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した怪作だ。
主人公のアレクシア(アガト・ルセル)は、怪物的な存在だ。幼い頃に交通事故に遭い、頭にチタン板を埋め込まれている。他人の意思はおかまいなし、ためらいなく人も殺す。キャデラックに欲情し激しく交わり、やがて妊娠する。
「……?」という気持ちはよく分かる。しかしアレクシアの腹は刻々とふくらみ、エンジンオイルのような黒い液体が体内から漏れて出てくる。同性愛の相手を殺害し警察の手が伸びて、アレクシアは男装し、行方不明の息子を捜す消防士ヴィンセント(ヴァンサン・ランドン)の元に、息子と偽って現れる。
デュクルノー監督はあらゆる囲いをなぎ倒す。法や良識、セクシュアリティーもジェンダーも、父性も母性も歯牙にもかけぬ。人間と機械の差だって消し去った。あらゆる境界を越え属性を振り切って、アレクシアは暴走するのだ。
ヴィンセントはもう1人の怪物だ。こちらは男性性に執着する。強くたくましくあるために、肉体を鍛え老化を遅らせる薬物を注射する。血を継承する息子を追い求め、現れたアレクシアを溺愛する。
理解も共感もできない人物たちを、どぎつく描写する。奇想天外な展開にあっけにとられるばかり。ところがそのうち、画面に温かな感情が漂い始める。異形の2人が互いを求め合い、それはどうやら愛に近いようだ。
暴力と人体変容は、デビッド・クローネンバーグや塚本晋也を思わせる。しかし行き着く先は破滅ではない。それを希望と呼べるかどうかは疑問だが、新たな領域へと踏み出すのである。1時間48分。東京・新宿バルト9、大阪・梅田ブルク7ほか。(勝)
ここに注目
カニバリズムを題材にした青春ホラー「RAW 少女のめざめ」で注目されたデュクルノー監督。さらなる過激路線に振りきった本作では、もはや怖いもの知らず。ダンサーである主人公の肉体を生々しく捉え、金属や車といった異物との融合、交歓を、センセーショナルに映像化した創造性には舌を巻くしかない。そして登場人物の狂気や妄執を、異形のラブストーリーに結実させた終盤の馬力も圧巻。何もかも常軌を逸しているが、愛の寓話(ぐうわ)としてのインパクトは絶大で、カンヌの審査員もそのパワーに圧倒されたのだろう。(諭)
技あり
デュクルノー監督の前作でも組んだルーベン・インぺンス撮影監督。デュクルノー監督は映画より絵画の方が参考になると、カラバッジョをはじめ、ホーマーの「夏の夜」やマグリットの「光の帝国」を見せ、造形の指針とした。「ヌードの場面では下劣な印象を避け、性の対象に見えないように」と要望する。裸に近いアレクシアが、モーターショーの弾けるような光と色彩の洪水の中、キャデラックのボンネットの上で踊る場面でも下劣な印象はない。監督は「ルーベンと、セットでは一心同体だった」と振り返るが、これは褒め言葉だ。(渡)