毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.1.21
この1本:「KCIA 南山の部長たち」 暗殺者、砕け散った理想
1979年10月26日、時の韓国大統領パク・チョンヒが酒宴の席で殺害された。2005年のブラックコメディー「ユゴ 大統領有故」でも描かれたこの衝撃的な暗殺事件を、犯人の中央情報部(KCIA)部長キム・ジェギュの視点で新たに映画化。「タクシー運転手~約束は海を越えて~」「1987、ある闘いの真実」などに続く韓国現代史映画の力作である。
暗殺までの40日間に焦点を絞った物語は、KCIAの元部長パク・ヨンガク(クァク・ドウォン)が米国議会でパク大統領(イ・ソンミン)の独裁を告発するところから始まる。事態収拾を命じられた現在のKCIA部長キム(イ・ビョンホン)は、渡米してヨンガクに接触するが、大統領の腐敗ぶりを吹き込まれて動揺することに。さらに大統領警護室長クァク(イ・ヒジュン)との権力争いでも劣勢に陥ったキムは、大統領への不信を募らせていく。
この暗殺事件は犯行動機などの謎が残され、暗殺犯キムに対する韓国での見方も分かれるようだが、本作はキムを観客が共感しうるキャラクターとして描いた。長らく忠誠心を捧(ささ)げた上司にないがしろにされ、かつての革命の理想をも打ち砕かれていく男の暗澹(あんたん)たる苦悩を、イ・ビョンホンが気迫たっぷりに体現した。
海外ロケも行った映像世界は、政治の裏側を描くスパイスリラーとしても充実の出来ばえだ。フランスを舞台に国家の裏切り者ヨンガク、KCIAの要員、女性ロビイストらの行動が錯綜(さくそう)する秘密工作のシークエンスなど見応え十分。クライマックスを除けば血生臭さは抑えめで、重厚なサスペンスが全編を貫く。
また前述したようにキムは共感しうる人物ではあるが、英雄的には描かれていない。爽快感とはかけ離れた終幕後の苦い余韻が、この悲劇の複雑さを物語っている。ウ・ミンホ監督。1時間54分。東京・シネマート新宿、大阪・シネマート心斎橋ほか。(諭)
ここに注目
かの国の史実を知らなくても、引き込まれること請け合いだ。むき出しの権力欲と理想の間でえげつなくせめぎ合う男たちの物語が力強いし、暗殺決行までの日にちを刻み、緊迫感を高めてゆく語り口に勢いがある。政治的、社会的背景があれば、庁舎内で拳銃を突きつけ合う、なんて派手な場面も違和感がない。
そして何より、俳優たちの面構え。主役の二枚目、イ・ビョンホンを食うごとく、クァク・ドウォンとイ・ヒジュンが、役の上でも演技でも三つどもえ。これだけでもおなかいっぱいになりそう。(勝)
技あり
韓国は社会性のある映画が巧みで、撮り方にはある種定石がある。キム・ジヨン撮影監督も例外ではない。肝心のところで、衝撃的な鋭い角度にカメラが入るのもそうだ。
たとえばキム部長が大統領暗殺の決意を、2人の部下にひそかに伝える設宴所前庭。バストサイズから、歩き出す瞬間に真俯瞰(まふかん)に引く。派生形として、キム部長が自分を遠ざけた大統領のヘリを見送り、執務室へと廊下を歩いていく後ろ姿を、後退移動で見せる特異なカメラの動きなどがそれ。仮説を自分の表現に組み込み、成功した。(渡)