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2024.1.29
ブラッド・ピットの製作会社発、オモシロ要素がつまったSFコメディー「見えざる手のある風景」:オンラインの森
「PLAN B」はブラッド・ピットが2001年に共同設立した映画製作会社。第1回作品こそブラッド・ピットが主演した史劇スペクタクル「トロイ」だったが、たちまち賞レースに絡む名作、話題作を連発する気鋭のプロダクションとして機能するようになった。
近年だけでもリー・アイザック・チョンの「ミナリ」(20年)、ミランダ・ジュライの「さよなら、私のロンリー」(20年)、サラ・ポーリーの「ウーマン・トーキング 私たちの選択」(22年)、デビッド・フィンチャーの「ザ・キラー」(23年)などを世に送り出しており、安牌(あんぱい)でヒットを狙うより作家性の強い野心作を後押しする方針が見て取れる。
そんなPLAN Bがまたもや奇想天外な怪作の実現に一役買ったのが、「サラブレッド」(17年)、「バッド・エデュケーション」(19年)が絶賛された気鋭監督コリー・フィンリーによるSFコメディー「見えざる手のある風景」。日本では昨年末からアマゾン・プライム・ビデオで配信されている。
「宇宙人に征服された地球」を描いた近未来もの
「見えざる手のある風景」は、ざっくり言えば「宇宙人に征服された地球」を描いた近未来もの(劇中の時代は10年ほど先に設定されている)。しかしSF的なテクノロジーやガジェットはほとんど登場しないし、人類の存亡をめぐる勇ましいアクションシーンも存在しない。あえてジャンルに分けるなら「ホームドラマ」が一番近いかもしれない。
そもそも劇中の地球は、宇宙人の攻撃で制圧されたわけじゃない。宇宙規模のグローバル経済(「グローバル」自体は「地球規模」を表す言葉で矛盾するが)にのみ込まれ、地球の経営権をエイリアンの種族に明け渡してしまったのだ。
しかし繁栄の分け前にあずかれるのは一部の富裕層のみ。恵まれた人たちは空中に浮遊する高級住宅街に引っ越してしまっている。地上に残されたのは、新時代に乗り遅れた貧乏人ばかり……、とここまででおわかりのように、本作は「これって現実と同じじゃない?」と明確に伝わるようにできている。格差が広がるばかりの新自由主義経済に、正面から石を投げつけるかのような風刺に満ちているのである。
とはいえ、映画の序盤はほっこりするティーンエージャーのラブストーリー仕立てだ。主人公の高校生アダムは転校生のクロエに心ひかれ、彼女が父親と兄と3人で自動車に寝泊まりしていると聞いて、自宅の地下室で泊まれるように母親を説得。
すぐにカップルになったアダムとクロエは、一緒にエイリアン相手のビジネスを開始する。エイリアンにとって人間の恋愛は珍しい行為として人気があり、ふたりの交際をネット中継することで視聴料を得ようというのだ。まあ、恋愛系ユーチューバーと変わらない。
ところがアダム一家とクロエ一家の共同生活は、しだいにギスギスし始める。アダム一家は黒人であり、白人であるクロエの父親と兄が無意識に抱いている劣等感や差別意識も事態をややこしくしてしまう。そして、若いカップルの恋心も冷めてしまったと気づいたエイリアン当局は、ふたりを規約違反で訴え、絶対に払えない賠償金を請求されてしまうのだ!
複雑にねじくれたエンターテインメントだ
正直、珍奇なデザインと生態を持ったエイリアンたちが登場しなければ、これは今の時代を描いたブラックコメディーにしか見えないだろう。しかし突拍子もないSF設定によって、映画の登場人物であるアメリカ市民たちは、いや応なく歴史的に先進国によって見下されていた(もしくは侮られていた)国や文化圏の生活や感覚を身をもって体験することになる。
もちろんわれわれ日本人にとっても他人ごとじゃない。気がつけば生活水準は下がり、未来への明るい展望を持てず、弱いものが踏みつけにされている現実に慣れていく。アダムにはやがて現状から抜け出す道が開けるのだが、それは同時にエイリアン=富裕層にどこまでおもねることができるかの試練に変わっていく。アダム一家もクロエ一家も、われわれと地続きの小市民なのである。
と、すっかり「笑うに笑えないコメディー」として紹介してしまったが、この映画のとぼけたユーモアと、念入りに作り込まれたビジュアル、そしてこれまた見たことがなかった宇宙人のコミュニケーション言語などなど、全編にオモシロ要素が詰まっているおかげで、複雑にねじくれた自虐もエンターテインメントとして味わうことができる。この現実世界をどうすればマシにすることができるのか? あまり考え込んでも疲弊してしまうので、これくらいの皮肉を楽しむくらいの小休止は許されていいのではないだろうか。
「見えざる手のある風景」はAmazon Prime Videoで配信中。