1975年6月20日東京東映撮影所の野外オープンセットでの「新幹線大爆破」撮影シーン サンデー毎日出版写真部員撮影

1975年6月20日東京東映撮影所の野外オープンセットでの「新幹線大爆破」撮影シーン サンデー毎日出版写真部員撮影

2022.3.07

徹頭徹尾生々しい人間であり続けること。なるほど、これこそが高倉健。

2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。

SYO

SYO

昨日から始まった高倉健を次世代に語り継ぐ企画、
Ken Takakura for the future generations
本日は30代でひとシネマ副編集長も勤めるSYOさんです。

神格化からアイコニックな存在へ

「イメージ」には、人から与えられたものと自分で構築したものがある。僕が「高倉健」という言葉を聞いたときに浮かぶそれは、前者に近い。物心ついて高倉健さんという俳優を認識し、イメージを自己構築するより前に、彼の「逸話」「武勇伝」「影響力」といったものがインプットされていた。いわば、自分(そして恐らく同世代以下)にとって、高倉健さんは神格化された存在なのだ。
 
わかりやすいのは「自分、不器用ですから」。これは高倉さんが日本生命のCMで放ったセリフだが、映画・テレビ・小説・漫画ほかあらゆるメディアで二次創作的に使われている。自分たちやそれより下の世代でも、日常的にこのセリフを口に出す。高倉健さん=伝説的名優という認識もそうだが、あの名言の人、という感覚もあるのだ。
 
たとえば1月末に発表された「全国書店員が選んだおすすめコミック2022」「出版社コミック担当が選んだおすすめコミック2022」の第1位に輝いた「ダンダダン」(作:龍幸伸)が印象的。本作の主人公・綾瀬桃は「高倉健みたいな硬派な男が好き」と語るファン。そんな彼女が知り合ったオカルト好きの同級生の名前はなんと高倉健で、口癖が「ジブン不器用なんで……」だった! この使われ方を見ても、高倉さんはもはやアイコニックな存在として我々の中に染みついている(ちなみに同作には彼がモデルになった「ゴルゴ13」のネタも)。
 
また国民的漫画「ONE PIECE」(作:尾田栄一郎)は菅原文太さん、田中邦衛さん、松田優作さん、勝新太郎さんといった名優たちをモデルにしたキャラクターを、主人公ルフィを阻む海軍の強敵として登場させているが、ファンの間では「次は高倉健さんでは」と長年待望論が渦巻いている。こういった事例を挙げればキリがなく、高倉さんの軌跡を日々感じている若い世代は多いことだろう。
 
しかし、いやだからこそ、ねじれ現象ともいうべきか、自分は高倉健さんの出演作品をなかなか見る機会がなかった。彼の人徳をたたえるエピソードの数々をインプットすればするほど、フラットに作品自体と向き合うことが難しくなり、ハードルが上がっていったのだ。役者というのは因果なもので、個人にスポットが当たるのは人気者の証明だが、同時に「役」として見られにくくもなる。高倉健さんを高倉健さんでなく、役として見ることが可能なのか――。ある種の呪縛から解き放たれる確証を得られないまま、年月が過ぎていった。
 

「スピード」を始め後世にも影響を与えた作品

しかし1本、どうしても気になる映画があった。
1975年公開の「新幹線大爆破」である。
 
2013年に三池祟史監督の「藁の楯」が公開された際、映画関係者・観客の多くが「新幹線大爆破」を比較対象に挙げており、映画業界に入ったばかりの自分は「すごい映画なんだろうな」と思ったことを覚えている。調べてみると、本作は日本での興行成績は芳しくなかったものの海外でヒットし、キアヌ・リーブスの出世作のひとつ「スピード」にも影響を与えたというではないか。また昨年、「すばらしき世界」の公開に際して刊行された西川美和監督のエッセー「スクリーンが待っている」では、本作を「コンプライアンスなどどこ吹く風の大傑作」と評しており、「やはり見なければならない」と覚悟を決めた。
 
また、日本国内のエンタメ大作映画は近年、「るろうに剣心」などは別として――「世界で勝負できる」レベルのものはなかなか生まれていない。そうした現状打破のヒントが本作にあるかもしれない――という期待もあった。何より、これらの観賞理由には「高倉健さん主演作」がない。そういった意味でも、バイアスなく見られるように感じたのだ。
 
佐藤純弥監督が手掛けた「新幹線大爆破」は、爆弾が仕掛けられた新幹線を舞台にしたパニック大作。人質は乗客1500人、息詰まる犯人グループと捜査陣の攻防――こんな設定と内容、近年の国内作品では「名探偵コナン」くらいでしかお目にかかれない。しかも上映分数は152分。「DUNE 砂の惑星」(155分)、「マトリックス レザレクションズ」(148分)、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(148分)並みの超大作である。この時点でゾクゾクさせられるが、中身もいま見ても「おおっ」とテンションが上がるつくりになっていて、驚かされる。
 
冒頭から新幹線の乗客、運転士たち、犯人グループ……それぞれの``いま``がテンポよく切り替わっていき、クロスカッティングものとしての``入り``がうまい。同時に、映画内の時間と観客が過ごす実時間が一致するリアルタイム・サスペンスであり、没入感と緊張感も生み出している。「新幹線が時速80キロを下回ると爆発する」という設定は、「スピード」はもとより「名探偵コナン 時計じかけの摩天楼」への影響も感じさせ、非常に見やすい。

 1975年6月20日東京東映撮影所の野外オープンセットでの爆発撮影シーン サンデー毎日出版写真部員撮影
 
開始からちょうど1時間のところで事件が大きく動くペース配分もうまく、犯人サイドの``過去編``が要所にちりばめられており、ドラマ要素もカバー。昨今の映画やドラマのトレンドとして速いテンポが好まれる傾向にあるが、そうしたいまの感覚で見ても「飽きさせない」というのは、それだけで称賛に値するのではないか。

徹頭徹尾生々しい人間であり続けること

また、作品を観ていく中で自然と際立っていくのは、高倉健さんの存在感。本作は全体的に出演陣の``顔圧``が強めなハイカロリー演技でまとめてあるが(顔にギュンッ!と寄るクローズアップも多用しており、意図的なものと推察される)、そのぶん異物としての高倉さんの``不動の演技``が引き立っていく。
 
特に印象的なのは、目だ。前半から中盤にかけて高倉さん演じる犯人グループのリーダー、沖田哲男のセリフはほぼなく、警察との電話くらい。そのぶん、彼の目に宿る感情――覚悟や緊張、焦りといったものが、観客の脳裏に刻み付けられていく。それでいて、たたずまいに悲壮感を漂わせることで「ただの身代金目的ではない」と観客がその背景にドラマ性を感じ取り、興味を抱かせる導線を引いている。社会現象化した「ジョーカー」しかり、悪役=ビィランにいかに悲劇性と人間性を持たせるかは昨今の作劇において重要なポイントだが、「新幹線大爆破」の沖田の描かれ方にも、いまに通じるアプローチが感じられる。
 
ある意味で誇張した``キャラ芝居``が多い作品の中で、徹頭徹尾生々しい人間であり続けること。なるほど、これこそが高倉健という俳優の魅力かと合点がいき、そこで改めて「自分、不器用ですから」に代表される``高倉健神話``と合致した。与えられるがまま享受し、出来上がった高倉健さんのイメージに、自身の評価が初めて足されたのである。
 
なお、「新幹線大爆破」は当時の国鉄からの許可を得られずセット&ゲリラ撮影をしたとか、公開に際してなかなかに濃い事件の数々も起こっており、その辺りも深掘りしていくと興味深い。ここまでヤンチャな大作が今後国内で生まれるのか、こうした“現象”もあわせて考えていきたいところだ。

「新幹線大爆破」
Blu-ray&DVD発売中 Blu-ray:3,850円(税込)DVD:3,080円(税込) 販売:東映 発売:東映ビデオ

ライター
SYO

SYO

1987年福井県生まれ。東京学芸大学にて映像・演劇表現を学んだのち、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て2020年に独立。 映画・アニメ、ドラマを中心に、小説や漫画、音楽などエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トークイベント、映画情報番組への出演も行う。

カメラマン
ひとしねま

毎日新聞社出版写真部員

サンデー毎日など出版部の写真部

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