「聖地には蜘蛛が巣を張る」©Profile Pictures  One Two Films

「聖地には蜘蛛が巣を張る」©Profile Pictures One Two Films

2023.4.24

価値観を押しつける恐怖 「聖地には蜘蛛が巣を張る」:英月の極楽シネマ

「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。

英月

英月

イラン第二の都市マシュハドで、2000年代初頭に実際に起きた娼婦(しょうふ)連続殺人事件を基にしたこの映画は、事件を追うジャーナリストのラヒミと、犯人の2人を中心に描かれます。

「街を浄化する」という動機から犯行を繰り返す犯人は16人もの女性を殺し、その度に死体の遺棄場所を通報します。自分の使命であり、正義として殺人を犯しているのです。事実、彼の行動に対して熱狂的に支持する人たちも多く現れます。そして、そのような〝民意〟を考える立場の人たちは、事件を覆い隠そうとする見えない圧力となり、ラヒミを追い詰めていきます。

良い父であり夫でもある犯人が殺人を重ねることに恐怖を覚えますが、何より戦慄(せんりつ)したのは犯人に共感する女性が言った「街の腐った女たちだから殺されて当然」という言葉です。殺されていい命とそうでない命を選別し、切り捨てたのです。そんな彼女に怒りの感情さえ湧きましたが、ふと思いました。「あの人はこんな人だから」と、自分の価値観で決めつけていることはないかと。つまり彼女ほどではないにしても「あの人は〇〇だから、こうなっても仕方がない」といった、他者を排除する気持ちは私にも起こされるのです。

それだけでなく、〝民意〟という名の世間の価値観に簡単にのみ込まれ、流され、そのことにも気付かない人々。そう、この映画で問われているのは、他でもない私自身なのではないでしょうか。だからこそ、描かれる恐怖が身にしみるのです。

東京・新宿シネマカリテ、大阪・シネ・リーブル梅田ほかで公開中。

ライター
英月

英月

えいげつ 1971年、京都市下京区の真宗佛光寺派・大行寺に生まれる。29歳で単身渡米し、ラジオパーソナリティーなどとして活動する一方、僧侶として現地で「写経の会」を開く。寺を継ぐはずだった弟が家出をしたため2010年に帰国、15年に大行寺住職に就任。著書に「二河白道ものがたり いのちに目覚める」ほか。インスタグラムツイッターでも発信中。Radio極楽シネマも、好評配信中。

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