©2023 Asmik Ace, Inc. ©安田弘之(秋田書店)2014

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2023.3.15

「ちひろさん」と有村架純さんと今泉力哉監督のこと

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

関口裕子

関口裕子

まえおき
 「人」を通して映画に触れる「ひとシネマ」。エッセーを書かせていただくにあたり、ひとつの役を構成するのに重要な2人の人物から、その映画に迫ってみる。
 2人とは、主人公、それを演じる俳優。まずは主人公、ちひろさんのことから。
 

「ちひろさん」ストーリー

 海辺の小さな町のお弁当屋さん〈のこのこ弁当〉で働く、マイペースな元風俗嬢ちひろさんの物語。高校生や小学生、ホームレスにシングルマザー……彼らの孤独な心にそっと寄り添うちひろさん。そんな彼女にも解決しがたい心の問題が。それを支えるのは彼女が寄り添う人々。支え合う人々の距離感、手を差し伸べるポイントなどがジワリと胸にしみる作品。
 

ちひろさん

 持ち帰り弁当店〈のこのこ弁当〉で働くちひろさんは元風俗嬢。客の多くはそのことを知っている。でも彼女のファンは、弁当を買いにくる男性客に限らない。ホームレスのおじさん、女子高生、男子小学生に猫と幅広い。

 
「ちひろ」は源氏名。でもみんなから本名ではなく、ちひろさんと呼ばれている。もし「千尋」と書くならその意味は、広げた手の両指先までの長さで水深などを示す単位「尋」の千倍。見当もつかない深さを意味するこの名は「さん」まで含めて彼女にしっくりくる。
 
ちひろさんは自分が好きなもの、気になるものに寄り添う。「のこのこ弁当」の弁当が好きだからこの店に、猫の姿勢になって猫に、肩に頭を乗せて人に寄り添う。でも気に染まなければ請われても添わない。基本的に一人を好む。一人でいられる強さは、自らの弱さを知るから持てたもの。一歩踏み込んで関係性が壊れるくらいなら、嫌なものはもちろん、好きなものからも距離を取ろうとしているともいえるが。
 
ちひろさんの懐は限りなく深い。弱さや狡(ずる)さをさらけ出す人がいたら、いくらでも受け止めてしまうだろう。だが、力や金銭を盾にした要請は受け入れない。立場や経済力が勝れば、相手の人格をも否定できると誤解する者には毅然(きぜん)と反発する。結果、自分が痛みを味わうことになっても。風俗をやめたのもたぶんそのためだろう。
 
彼女が考える「幸せ」は、他者の生きづらさの上に成立するものではない。ただ生きづらさを解消するのは難しい。であれば「生きやすいほうを選ぼう」とちひろさんは呼びかける。口ではなく行動で。他者はもちろん、自分も誰かの犠牲になる必要はない。生きづらければ「生きづらい」と言っていい。彼女は生き方でそれを教えてくれる。皆が惹(ひ)かれてしまうのは、ちひろさんのそういう部分だ。

 

有村架純

 そんなちひろさんを演じた有村架純。ちひろさんが一人でいられる強さを、「人から親切にされた経験があり、ぬくもりを知っているからこそ、孤独を好めるのだと思う」と語っている。歩み始めた社会で、人と尺度が合わず、ちひろさんはさまざまな形で生きづらさを経験したと思われるが、そんな中で本音のぬくもりも知り、生きるスタイルを身に付けていく。そんなちひろさんを有村が「人生を一回終えたような佇(たたず)まい」と表現したのが印象に残った。
 
有村が、この役のオファーを受けようと思ったのは、今泉力哉監督の「生きづらさを抱えている方々の救いになる作品にできるかもしれない」という言葉に共感したからだという。
 
30歳になるにあたり、有村は「今の社会を感じて生きていきたいし、何か思いを抱える人々と手を取って歩いていきたい」と思ったという。コロナ禍で一人の時間の増えた人々に対しては、「一人は決して怖いことではないし、むしろ自分の幸福度を上げてくれる時間かもしれない。思うままに生きることに自信を持ってほしい」と。本作からはそんな有村の思いが強く感じられる。

 
有村と今泉監督は、「ちひろさん」以前にも、ドラマ「有村架純の撮休」(2020年・WOWOW)で組んでいる。是枝裕和監督や横浜聡子監督らも参加した8話から成るシリーズで、そのなかの2話が今泉監督の演出作品だ。撮影期間は約2日だったため、演出の傾向などを感じ取るまではいかなかった。ただ2作中の1本「女ともだち」のテイストは、「ちひろさん」にとても近く、両作に共通するものが偶然にも「ちひろさん」の世界観を広げるのでぜひご覧いただければと思う。
 
一方、撮影期間が約1カ月あった「ちひろさん」では、今泉演出をやや長く見つめることができた。今泉監督の好奇心が向かう先、コンプレックスや悩みをも織り込む作品作りを興味深く思いながら、監督の理想に近づけるよう身を委ねて撮影に臨んだ。
 
有村が出演作品選びに参加し始めたのは、連続テレビ小説「ひよっこ」(17年・NHK)の後なのだそう。そのことがどう関与したのか(していないのか)は分からない。有村の主演作品を見ると、我々の閉塞(へいそく)感に風穴があいたような気分になる。彼女は身をていしてこの穴をあけた。
 
主演した「前科者」(22年)で、有村演じる保護司・阿川佳代は、担当した元受刑者にこういわれる。「前科者なんて忘れてもっと自分の人生を楽しめ」と。同時に「私ら以外にもこんな弱い人間がいるんだと思った。佳代ちゃんの弱さは武器だ。佳代ちゃんの隣にいると落ち着ける」とも。
 
もちろん有村が演じるのは、この種の役ばかりではない。でも彼女が誰かの幸せを願う役を演じたとき、風穴があく、風が吹き抜けていくのを感じるのだ。
 
有村はいう。「誰かのために、怒ったり、泣いたり、笑ったり、一生懸命になれるってものすごく豊かなことなんだと。こういう表現をしていきたいと漠然と感じた」と。
 
「コントが始まる」(21年・日本テレビ)の中浜里穂子という、売れないコントトリオの生真面目なオタク役でも「あ、こういう表現があったんだと学ぶことができた」という。さまざまな役と出合いながら、磨かれる有村。「ちひろさん」はそんな彼女が培ってきた技術と表現力を、盛大に味わうことができる作品だ。

ライター
関口裕子

関口裕子

せきぐちゆうこ 東京学芸大学卒業。1987年株式会社寺島デザイン研究所入社。90年株式会社キネマ旬報社に入社。2000年に取締役編集長に就任。2007年米エンタテインメント業界紙VARIETYの日本版「バラエティ・ジャパン」編集長に。09年10月株式会社アヴァンティ・プラス設立。19年フリーに。

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