東京オリンピックの公式映画の製作報告記者会見で質問に答える河瀬直美監督=東京都港区で2022年3月24日、佐々木順一撮影

東京オリンピックの公式映画の製作報告記者会見で質問に答える河瀬直美監督=東京都港区で2022年3月24日、佐々木順一撮影

2022.4.03

映画のミカタ:東京五輪 混乱と熱狂の記録

毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。

勝田友巳

勝田友巳

河瀨直美監督会見 「オリンピック記録映画は2部作」


東京オリンピックの公式記録映画を手がける河瀬直美監督が記者会見し、映画は「SIDE:A」「SIDE:B」の2部作となり、それぞれ6月3日、24日に公開されると発表した。「SIDE:A」は競技者に焦点を当て、「SIDE:B」は舞台裏を描くという。

オリンピックの公式記録映画は1912年のストックホルム大会以来作られていて、国際オリンピック委員会のホームページで見ることができる。何本か見てみたら、やはり圧倒的に主役は競技者。もちろん開催地の風物や観客とスタッフも織り込まれてはいるが、非競技者が全体の半分を占める構成は例がないのではないか。

河瀬監督は「大会期間中のアスリートだけでは、今回のオリンピックを記録し、未来に伝えるアーカイブとして意味がない」と説明した。メダルの陰にある人たちの「類いまれな時間を克明に表現したい」という言葉は、大きな自然や時間の中に、人間の小さな物語を微細に描く河瀬監督の映画と共通した視点が感じられる。五輪反対派にも取材し「もちろん描く」と明言した。

今大会はこれまでになく、多くの議論を呼んだ。東西冷戦を背景とした80年モスクワと84年ロサンゼルスのボイコット騒動も大事件だが、政治対立はまだ分かりやすい。今回は、新国立競技場の設計変更やらエンブレムの選考のやり直し、組織委会長の不適切発言に米国のテレビ放送ありきの競技時間の設定などなど、あきれることばかり。経費の肥大化のあげくにコロナ禍での無観客開催である。低成長時代の日本で、商業主義も露骨なオリンピックを開催する意義に疑問を感じたのは、私だけではあるまい。

過去3回の日本開催オリンピックの記録映画は、64年の東京が市川崑、72年の札幌は篠田正浩と、日本を代表する監督が携わり、作家としての個性を発揮した。一方で98年の長野は、米国のバド・グリーンスパン監督。84年のロサンゼルスや96年アトランタなど米国大会だけでなく、2000年のシドニーなど米国外のオリンピックも手がけた、いわば職人だ。河瀬監督に依頼した組織委の真意は分からないが、これだけ賛否の分かれた大会にありきたりの公式記録では意味がない。

開催が1年延期されたこともあり、撮影素材は750日、5000時間に及ぶという。A、Bとも2時間程度を見込む編集作業も大詰め。河瀬監督は、自身のデビュー作「萌の朱雀」を見直して「自分がいいと思うことをシンプルに描いていた」と再確認したという。「中立」は期待しない。東京の混乱と熱狂が、世界的映画作家の目にどう映ったかを、見たい。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

佐々木順一

ささき・じゅんいち 毎日新聞写真部カメラマン