韓国の現場編集について語るハム・ヒョンギョンさん

韓国の現場編集について語るハム・ヒョンギョンさん

2023.3.16

技術と演出感覚養い監督をサポート:韓国映画「現場編集」知られざる役割 後編

映画でも配信でも、魅力的な作品を次々と送り出す韓国。これから公開、あるいは配信中の映画、シリーズの見どころ、注目の俳優を紹介。強力作品を生み出す製作現場の裏話も、現地からお伝えします。熱心なファンはもちろん、これから見るという方に、ひとシネマが最新情報をお届けします。

藤本信介

藤本信介

韓国映画の撮影現場に不可欠の「現場編集」。1日の撮影素材をその場で編集し、音楽と効果音まで付けてスタッフ、キャストの確認用〝完パケ〟とする。日本では耳慣れないが、韓国映画の質を支える上で重要な役割を果たしている。現役で活躍するハム・ヒョンギョンさんインタビュー後編は、現場編集の現状と本音、日本との違いを聞いた。

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仕事理解しスタッフと意思疎通

――ハムさんはどのように、現場編集の仕事を始めたんですか。
 
もともと、編集技師の助手をしていました。4年ほどたって、助手として学べることに限界を感じ、悩んだ末、現場編集をしようと決めました。知り合いの現場編集さんの紹介で始めました。今年で6年目、これまで7、8本の作品に参加しました。
 
現場編集になるには、当然ですが、まず編集技術が必要です。私は学校で編集を専攻していたので、そこで編集ソフトとキャプチャー機材の使い方を学びました。最近はきっと、ネットでいくらでも技術を学べますね。編集ソフトは助手の頃から10年間、FINAL CUT PRO Xを使っています。Premiereを使っている人もいますし、Avidを使ってる人もいますが、Premiereを使っている人が一番多いです。アップデートが早く、時代にしっかりとついていけるソフトだからですね。
 
――技術があれば現場編集になれますか。
 
撮影現場では、各部署とコミュニケーションを取ってサポートすることも大きな仕事です。部署ごとの役割を正確に把握することも、とても重要だと思います。そして映画を全体的に理解する力が必要です。監督のサポートという面では、演出的な感覚を育てなければと強く思いました。私は知り合いの現場編集さんが参加している撮影現場を数日間見学しました。
 
――仕事はどのように入ってくるのでしょうか。現場編集同士のつながりはありますか。
 
履歴書やポートフォリオを送って採用されるパターンはまずありません。普通は、監督や製作会社からのオファーを待ちます。4カ月待ち続けたこともあるし、一度に2、3本のオファーが来たこともありました。その時は、一つを選んで、他の現場編集さんを紹介しました。
 
今まで、現場編集を職業としている人が交流できる機会はなかったのですが、BANDというアプリを通して情報共有できるようになりました。現場編集の仕事を初期の頃からやっている先輩が作ってくれました。今は50人ほど参加しています。中には編集技師の下についている助手の方も少し参加しているようです。
 
――同じ業種同士で情報交換をする場があるのはとても良いことだと思います。ちなみにBANDには演出部の情報共有の場もあって、参加人数は3000人を超えています。基本的に演出部募集の掲示板として使用されています。
 

いつかは本編編集を

――演出部は監督になるという最終目標がありますが、現場編集さんも、本編の編集技師を目指しているのでしょうか。
 
ほとんどの現場編集の目標は本編の編集技師です。現場編集だけをしていたいという人はいないでしょう。みなさん、編集技師になるための過程として日々頑張っています。私も、現場編集をそのまま公開できるクオリティーにするよう努力しています。また、公開された映画の編集と自分の現場編集を比べて、どこがどう変わったのかを確認して勉強しています。
 
ただ現場と本編と、両方やる人も最近は多いです。利点は現場を見ているので、どのような素材、カットがあるのか誰よりも把握していることですね。最初から本編編集まで契約する方もいますし、撮影をしながら監督に気に入られて、本編編集までやることになったというパターンもあります。
 
――ハムさんの現場編集はクオリティーが高いから、本編の編集技師がそれを超えなきゃならず、負担を感じるという話を聞いたことがあります。
 
そう言ってもらえると、うれしいです。
 
――現場編集の魅力は何だと思いますか?
 
難しいシーンの撮影の時は、問題なく撮れているかスタッフ誰もが不安な表情をしているんです。でも、撮影が終わってみんなで現場編集を見て、うまく撮れていたということが分かると喜んでくれる。そんな時にやりがいを感じます。
 
一番の魅力は、編集作業なのに撮影に参加できることです。本編の編集作業中に追加で何かしたくなっても、撮影は終わっているのでどうしようもありません。撮影した素材で工夫して作り上げるしかない。しかし現場編集の場合は、その場でアイデアを出して、方法を変えたり追加したりできます。自分の意見が反映されるライブ感が、魅力です。


日本の現場では冷たい食事に意欲低下も

――日本での撮影に参加されたこともありますよね。いかがでしたか。
 
韓国のシステムに慣れているため、合わせるのが大変でした。韓国と違って日本の撮影現場に労働時間の決まりがなく、1日の撮影時間が長かったり、週5日以上の撮影があったりする時は、体力配分すらできなくて結構つらかったです。
 
――撮影現場の食事も、大変だったのでは。韓国の撮影現場は弁当が出ることはほとんどありません。食堂の温かい料理か、現場で調理したケータリングが一般的で、出来立てホヤホヤが食べられます。
 
韓国では温かい食事が必ず出ますが、日本では弁当が基本でした。最初は平気でしたが、次第にキツくなりました。同じようなメニューが続いたり冷たい弁当だったりすると、疲れておなかがすいていても、食べないこともありました。
 
私が韓国人だからか、食事はとても重要だと思っています。日本の撮影で安そうな弁当が出て働く意欲が下がることもありました。でもそれは悪意があるわけじゃなくて、日本のシステムだから仕方ないということも、しっかり理解しています。
 
――日本映画には基本、現場編集という部署はありません。スタッフやキャストのハムさんに対するリアクションはどうでしたか。必要性を理解していなかったでしょうし、編集して確認していたら、撮影時間がなくなる!と思うスタッフもいたのでは。
 
最初、日本のスタッフは私を透明人間扱いしていたと思います(笑い)。現場編集を確認しに来るのは、韓国側スタッフばかりでした。しかし10日くらい撮影した頃から、私が何をやっているのか、徐々に理解してくれました。そしてアクションシーンの撮影をきっかけに、確認は現場編集でやれば早いということに気づいてくれました。
 
役者さんたちは、撮影が終わってすぐに編集が完成してるので驚いていました。編集された自分の演技を見て、思った通り表現できたと確信が持てたり、時には反省したり、うまく活用してくれたんじゃないでしょうか。
 
――アクションシーンなどは俳優が演じるカットと、アクション部の代役が演じるカットを交ぜて編集します。俳優は現場編集を見て初めて、自分が演じるキャラクターの動きを100%把握するわけですから、アクションシーンの現場編集の確認はとても重要ですね。
 

日本語を予習して撮影現場に

――外国語のセリフを編集するのはとても大変だと思います。国や言語によって、感情表現も違いますよね。
 
外国語の作品の場合は、そのセリフがどのようなサウンドで聞こえるのか予習して撮影に臨みます。おかげで大体どのセリフなのか分かりますが、役者さんがアドリブを入れたり、セリフの順番を変えたりして演技した場合は、全く編集することができませんでした。そういう時は通訳スタッフの助けを借りて、アドリブや順序の変更を細かく説明してもらいました。
 
韓国語に訳されたセリフと演技の感情を比べて、差があるなと感じた時もありました。監督が描きたい感情の度合いはこれじゃないはずだと。日本人と韓国人の感情表現の仕方が違うからですよね。どれくらいの度合いにすれば、日本人が見ても韓国人が見ても問題ないのだろうかと考えることが多かったです。韓国人監督のために、休憩中や撮影がない日に通訳スタッフの助けを借りて字幕もつけました。
 
――日本に行く前に日本語の勉強はしましたか?
 
はい。日本のスタッフやキャストに日本語であいさつをしたかったし、飲食店でメニューを見て注文ができるようになりたいと思ったので。韓国でも子供の頃から日本文化に触れることは多くて、話せなくても、聞き取れる単語や表現はあったと思います。撮影しながら日本語の勉強もしましたが、通訳アプリのレベルが思った以上に高かったのでコミュニケーションには全く問題ありませんでした。コミュニケーションをとるためにあの手この手で表現しようとするので、とても仲良くなれました。
 
――韓国では日本人をどのように思っていますか?
 
私は韓国人として両国の関係を考えていたので、日本人に対して偏見や固定観念がありました。でも日本での撮影を通して、それがなくなりました。韓国では「日本人のことはすぐに信じるな、本音を言わない」とよく言われます。でも日本で感じたのは、本音を言わないのは悪いことじゃなくて、相手への配慮からだということです。それに気付いてから、全く問題ありませんでした。
 

ハム・ヒョンギョンさん(右)と筆者

きつい現場を癒やす現場編集確認の瞬間

ハムさんのインタビューと私の今までの現場の経験を併せて考えると、現場編集というシステムが現代の韓国映画に果たしている三つの役割が思い浮かんだ。
 
一つ目は「監督のサポート」だ。もともとサポート役は助監督やスクリプターが行うものである。しかし彼らには想像を超える膨大な作業量が現場に存在するので、サポート役まで十分にできないのが現実だ。韓国の現場編集は、日本の現場でも時々いる「監督補」というポジションの役割も兼ねているように思う。監督が演出したいことを最大限に表現するために、かなり重要な役割だ。
 
二つ目は「完成体を想像させること」だ。昔の現場編集は、絵コンテが単純に映像になった程度だったと思うが、今では完成形をより正確に思い描けるレベルになった。監督、キャスト、スタッフが同じ方向に向かって撮影に挑めている。
 
三つ目は「精神的癒やし」だ。撮影現場のスタッフは時間と予算に追われ、精神的にも肉体的にもボロボロになった状態で1カット1カットを撮影していく。問題なく撮影できたか現場編集で確認するのは、その日の努力が報われ、緊張から解放される瞬間だ。そういう瞬間があってこそ、気持ちがリセットされ次の日も頑張れると思える。これも映画のクオリティーに、大きく影響を与えているのではないだろうか。
 
時代と共に変化してきた現場編集の役割が、今後どのように韓国映画のクオリティーに影響を与えるのか。これからも見守っていきたいと思う。

ライター
藤本信介

藤本信介

ふじもと・しんすけ 1979年生まれ。金沢市出身。大学在学中の2001年に韓国の国民大学で1年間の留学生活を送る。韓国人と韓国映画に魅了され03年、韓国映画に関わりたい一心で再び渡韓。韓国を拠点に助監督や通訳スタッフとして映画製作に関わる。22年5月13日公開の李相日監督の「流浪の月」に通訳スタッフ、同6月24日公開の是枝裕和監督「ベイビー・ブローカー」に助監督で参加。その他の参加した作品に「お嬢さん」「アイアムアヒーロー」「美しき野獣」「悲夢」「蝶の眠り」「アジアの天使」などがある。