「落下の解剖学」 ©︎ LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE

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2024.4.02

「正しさ」がぶつかる法廷劇 「落下の解剖学」:英月の極楽シネマ

「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。

英月

英月

ドイツ人のベストセラー作家サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)は、視覚に障害のある11歳の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)、愛犬スヌープ、そして教師を務めながら作家を目指す夫(サミュエル・タイス)と共に、彼の生まれ故郷フランスの人里離れた雪山にぽつんと建つ山荘で暮らしています。ある日、夫が山荘の窓から転落して亡くなり、サンドラが殺人容疑で検察に起訴されます。無実を訴えますが、夫のUSBメモリーからは死の前日に夫婦が激しく争う音声が見つかり、彼女は窮地に立たされます。

当然のことですが、検察は彼女が夫を殺したと思っています。それだけでなく、弁護を引き受けたサンドラの古い友人ヴァンサン(スワン・アルロー)も、彼女が犯人としか思えないと言いますが、法廷では真実は重要ではないと言い切ります。大事なのは彼女が、どのように見られているか。その中で、死体の第一発見者でもあったダニエルは、聴覚、嗅覚の記憶を頼りに真実を明らかにしようとします。

死の真相、つまり真実がわからない時、起訴した検察の立場であれば、サンドラが犯人であるということが論証の軸になり、ヴァンサンの考え方でいえば、サンドラは無実であるということが軸になります。共に自分にとって正しいと思うこと、有利になることを軸、言い換えるなら根拠として物事を判断していきます。では、私たちはどうでしょう。日々の生活の中で何を根拠にしているのでしょうか。私自身も、自分が正しいと思うこと、有利になることをよりどころにして判断しています。そんな「都合」に振り回される生き方は、どこか悲しい。緊迫の法廷劇から、そんなことを思いました。

ライター
英月

英月

えいげつ 1971年、京都市下京区の真宗佛光寺派・大行寺に生まれる。29歳で単身渡米し、ラジオパーソナリティーなどとして活動する一方、僧侶として現地で「写経の会」を開く。寺を継ぐはずだった弟が家出をしたため2010年に帰国、15年に大行寺住職に就任。著書に「二河白道ものがたり いのちに目覚める」ほか。インスタグラムツイッターでも発信中。Radio極楽シネマも、好評配信中。

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