「アントニオ猪木をさがして」 写真:原 悦生 Ⓒ2023映画「アントニオ猪木をさがして」製作委員会

「アントニオ猪木をさがして」 写真:原 悦生 Ⓒ2023映画「アントニオ猪木をさがして」製作委員会

2023.10.06

死んで終わらないいのち 「アントニオ猪木をさがして」:英月の極楽シネマ

「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。

英月

英月

昨年10月に亡くなったアントニオ猪木氏のドキュメンタリーであるこの映画は、講談師・神田伯山氏の書き下ろし講談、短い3本のドラマ、貴重な映像と写真、そしてインタビューで構成されています。

インタビューでは、猪木氏が創設した新日本プロレスで「〝脱〟猪木」の急先鋒(せんぽう)だったプロレスラー・棚橋弘至氏をはじめ、アントニオ猪木という強烈な個性に影響を受けたさまざまなジャンルの人々が、彼について語っています。しかし、棚橋氏だけでなく、人々の猪木氏についての語りが、いつしか猪木氏を通した自分自身との対話になっていくのが面白いところです。

さて、3本の短編ドラマでは、1980年代、90年代、2000年代と、一人の男性が少年から青年に、そして社会人になっていく姿と、それぞれの時代の猪木氏との関わりが描かれます。関わりと言いましたが、ファンとしての一方的な思いです。プロレスに夢中になっていた少年が青年になり、そして人生に疲れた大人になっていく。その人生の折々で、猪木氏の言葉に勇気づけられ、また彼の不屈の姿に自身を重ね、我が身を奮い立たせていくのです。

しかしドラマとはいえ、実際に会ったことのない人物が、一人の人生にこれほどまでの影響を与えるのは、猪木氏だからこそなのでしょうか。もちろん、彼が成し遂げたことは万人ができることではなく、その意味では特別です。けれども実は、彼に限ったことではないのです。亡くなった方の言葉が思い出され、それによって気づかされることはありませんか? それと同じなのです。亡くなってなお私たちに影響を与え続けているアントニオ猪木という一人のいのちを通して、私たちは、死んで終わるいのちを生きているのではない、という事実を知らされた思いがしました。

東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。

ライター
英月

英月

えいげつ 1971年、京都市下京区の真宗佛光寺派・大行寺に生まれる。29歳で単身渡米し、ラジオパーソナリティーなどとして活動する一方、僧侶として現地で「写経の会」を開く。寺を継ぐはずだった弟が家出をしたため2010年に帰国、15年に大行寺住職に就任。著書に「二河白道ものがたり いのちに目覚める」ほか。インスタグラムツイッターでも発信中。Radio極楽シネマも、好評配信中。