誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2024.1.22
高校生が見た「サイレントラブ」 世界で一番静かなラブストーリーの陰と陽
交通事故で視力を失った美夏と過去の事件で声を発することを捨てた音楽大学の校務員、蒼。ふとしたきっかけで出会った二人。夢がない蒼にとって、光を失ってもピアニストの夢を諦めない美夏の存在は輝き、そんな彼女に心を奪われる。消せない過去や貧富の差、失ったものや障壁にも立ち向かい、乗り越えていこうとする二人の姿は、ただの「純愛映画」と一くくりにできない壮絶な人生を物語っている。だが、物語はどこまでも静かに進んでいく。
舞台となる、裕福な家の子女が通う音楽大学は「陽」。それとは対照的な裏社会や貧困の「陰」。描写の対比も注目ポイントだ。
ガムランボールと指先での会話、五感の駆使
この話は五感を駆使している。物語の冒頭で、美夏が落としたガムランボール。ピアノの練習をしたい美夏のために、蒼はガムランボールで学校内のピアノのある講堂へ導く。鍵がかかっている講堂。校務員だからこそ鍵の場所を知っている蒼は毎日、彼女のために鍵を開ける。
何も話さない蒼に美夏は、「私の質問に手の甲をたたいて答えて。YESなら1回、NOなら2回」と手を出す。過去の事件で自分の手が汚れていると思っている蒼。しかし、命を助けられた美夏はその手を「神の手」と呼ぶ。体育館から外を歩く二人の後ろの空はどこまでも澄んでいる。この映画では、ひとつひとつのシーンが静寂に包まれている。心が吸い込まれていくような透明な空気感。耳を集中させて、聴き入ってしまう静寂から湧き出てくるかすかな音。映画であるため匂いは味わうことはできないが、視覚を失っている美夏と、声を失っている蒼の姿を通して、観客は五感をフル活動させられ、感覚が研ぎ澄まされていく。
これ以上はネタバレになるため、書けないが、蒼が言葉に出せない苦しさ、思いがあふれたこの場面にだけあえて「声」が登場するシーンがあり、胸が締め付けられる。蒼の「彼女には夢をかなえてほしい、俺にはないから」という、その一言が身に染みる。
見ず知らずの他人である彼女に手を差し伸べた彼が、彼女の幸せを切に願うあまり、「自分といてはいけない」と言って、彼女を突き放すシーンは、胸が張り裂けそうになる。絶妙な間、そして、無言の演技の多用が、世界で一番静かなラブストーリーと呼ばれるゆえんで、まさに「SILENT」がこの物語のキーワードである。
蒼と美夏の運命に大きくつながる障壁ともう一人の存在
蒼と美夏を中心にしつつ、この物語のキーパーソンになるもう一人が北村という音大の非常勤講師だ。著名な音楽家の子息だが、裏カジノに借金がある北村。蒼は北村に、蒼がピアニストだと信じている美夏のために、自分になりすましてピアノを弾くアルバイトを依頼する。美夏に夢をかなえてほしいと思う切実な蒼の思いからだった。しかし、純粋な二人の思いとは裏腹に事態は急転してしまう。
だが、どんな事件があっても二人の純粋な思いは映画の最後まで残り続ける。どの場面でも蒼のさりげなく、やさしい所作。その手の描写にこだわりが見えた。目が見えない美夏に付き添う時に周りの障害物をどけたり、人を誘導して道を開けるシーンが幾つかあるが、とても丁寧に描かれており、心が温まった。大抵の映画であれば主人公が叫ぶようなシーンでも声が出せない蒼の苦しさが表情から見事に伝わってきた。蒼役の山田涼介さんは、監督から「目の奥10センチで美夏を見てほしい」とアドバイスされたそうだが、美夏を見つめる彼の真摯な目力が、スクリーン越しに伝わってくる。
目が見えない人の「見える」力
私はヨットを習っている関係で、世界初、全盲ながら無寄港で太平洋をヨットで横断した岩本光弘さんと長年交流がある。初めてお会いしたとき、「本当に目が見えないの?」と思わせるほど白杖(はくじょう)を巧みに使って歩き、彼の四感の鋭さに度肝を抜かれた。明るく語る彼だが、その境地にたどり着くまでには、絶望の淵に立ち、何度も死のうと思ったことがあるという。最初の横断が失敗し、バッシングを受けたが、自分の夢を諦めずに立ち向かう彼の勢いはすごかった。また、私は、障害者の方とセーリングをすることがあるが、彼らは彼らのもつ感性をフルに使って私たちよりはるかに上手に風を操っていた。この映画でも、障害を乗り越えていく姿が丁寧に描写され、見る人に勇気と希望の「光」をともしてくれる。
曲のすばらしさ
染み入るような久石譲さんのピアノの音色は、もうこれ以上のものはない。そしてMrs.GREEN APPLEが、書き下ろした楽曲「ナハトムジーク」も素晴らしく、心を揺さぶられた。私は、最近2回、彼らのライブを見たが、あたかもライブ会場にいる錯覚を覚えるほど臨場感あふれる曲で、まさにこの映画にぴったりであった。音楽もぜひ、存分に楽しんでいただきたい。