大阪アジアン映画祭の会場風景=同映画祭提供

大阪アジアン映画祭の会場風景=同映画祭提供

2023.3.14

映画人がこぞって行脚 コロナ禍の功名? 存在感急上昇「大阪アジアン映画祭」

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

井上知大

井上知大

東京の映画配給関係者が〝大阪行脚〟を続けている。目的は、大阪市で開催中の「大阪アジアン映画祭」(3月10~19日)。今年18回目を迎えた同映画祭は、作品上映の場と同時にマーケット化も画策し、ここでの上映が公開につながった作品が相次いでいる。コロナ禍を機に、映画関係者の間で良作を発掘できる穴場として、がぜん注目度を増しているのだ。


良作発掘できる近場の国際映画祭

4月28日の東京・新宿シネマカリテなどを皮切りに順次全国公開されるモンゴル映画「セールス・ガールの考現学」は、2022年の大阪アジアン映画祭で「コンペティション部門」に選出され、俳優賞にあたる「薬師真珠賞」を受賞した作品だ。

「モンゴルと言えば大草原の遊牧生活」などと思うことなかれ。舞台は急激に都市化が進む首都ウランバートルのアダルトグッズ専門店。女子大学生のサロール(バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル)は、保守的な親の希望により興味の無い原子力工学を学んでいるが、友達は少なくただ無気力に日常を送っている。ある日、けがをしたクラスメートの代理でアルバイトをすることに。さして仲の良い関係ではなかったものの、高給で簡単な仕事だからと1カ月限定で引き受けると、そこは「大人のおもちゃ」が並ぶ怪しげな店だった。地味でおっとりとした性格のサロールは、想像以上に老若男女多様な客が訪れることに少なからず衝撃を受ける。異世界にとまどいながらも、裕福で謎めいた雰囲気の高齢女性のオーナー、カティア(エンフトール・オィドブジャムツ)との交流を通じて成長していく姿を、ポップで都会的な雰囲気で描いた。

この作品を同映画祭で見てほれこみ、買い付けたのが、東京都目黒区の映画配給会社「ザジフィルムズ」(志村大祐社長)だ。コロナ禍でミニシアターの主な客層だった高齢者の客足が遠のき、今も回復していない。志村社長は「今後はもっと若い世代へアピールできる作品に力を入れなくてはと考えているところに、大阪アジアン映画祭でこの作品と出会えた。単純にかわいいタッチの良作と思ったし、大学生の主人公が自立していく物語は共感を得られるのでは」と新たな客層開拓に期待を寄せる。


大阪アジアン映画祭の会場風景=同映画祭提供

マーケット部門はなくても「市場」を目指す

大阪アジアン映画祭は毎年3月、シネ・リーブル梅田などで開かれている。国内外のバイヤーが集う「マーケット部門」はなく、以前は在京の配給会社にとってなじみの薄い場所だった。

「配給」とは、世界中の映画を発見し、買い付けて劇場上映をブッキングする仕事。ザジフィルムズはコロナ禍以前、カンヌやベルリンといった大規模な国際映画祭や映像コンテンツ見本市「MIPCOM」など年間5~6回、複数の担当者で海外へ行き作品を買い付けていた。

ところが、20年春から新型コロナウイルスの感染が世界中で急拡大。志村社長は、同年2月のベルリン国際映画祭から帰国後、5月に予定されていたカンヌ国際映画祭の開催見通しが立たない中(その後、実質的な中止が決定)、新たな作品発見の場を求めて3月の大阪アジアン映画祭に初めて参加した。

20~22年の3年間で海外での商談は激減した一方、同映画祭独自のラインアップに魅了され、これまでに上映作を3作買い付けている。志村社長は「典型的な映画祭に多いアート系映画だけでなく、その国で流行しているほどよい大衆性を兼ね備えた作品も多い。アジア映画を軸とした映画祭は都内にも他にあるが、大阪アジアン映画祭は全く異なる立ち位置。今まで出会えなかった作品に出会える」と魅力を語る。



「セールス・ガールの考現学」©2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures


鮮度高い多様な作品で「市場」化目指す

同映画祭で作品選定を担うプログラミング・ディレクターを務めているのが映画評論家の暉峻(てるおか)創三さんだ。暉峻さんは「大阪アジアン映画祭にはマーケット部門はないが、映画祭そのものが魚や野菜の『市場』のような性格を持つべきだ。多種多様で新鮮な作品をそろえることで、おのずと映画祭が市場、つまりマーケットの役割を果たせる」との思いで携わっている。

同映画祭は20年、世界で最初にコロナ禍で開催された映画祭の一つとなった。開幕直前に行政から中止や延期、入国制限等の要請を受けながらも、感染対策に努めた上で予定通りのスケジュールで会場のスクリーン上映を実施。暉峻さんは「舞台あいさつやパーティーを中止したにもかかわらず、たくさんの観客が来てくれた。映画祭の基本は作品選出と上映にあるのだということを改めて実感し、今につながっている」と振り返る。このときの開催が、志村社長のザジフィルムズなど在京の関係者が足を運ぶきっかけにつながった。


大阪アジアン映画祭のプログラミング・ディレクター、暉峻創三さん

都内のミニシアターも熱視線

映画館も配給会社と似た事情から大阪アジアン映画祭へ熱い視線を送っている。東京都渋谷区のミニシアター「Bunkamuraル・シネマ」で上映プログラムの編成を担当するプログラミングプロデューサーの中村由紀子さんは、22年に同映画祭を初めて訪れた。

かつてはカンヌ、ベルリン、トロントの各国際映画祭へ毎年渡航。自らの目で作品を見たり、配給会社と情報交換をしたりして編成に生かしてきたが、例に漏れずコロナ禍で状況は一変していた。海外へ行けない時期が続いたことに加え、「かつては女性の友人同士など複数人で連れ立って劇場に来ていた中高齢層のお客様を、あまり見かけなくなった」と中村さんは言う。

同館は主に欧州映画を中心に上映することで知られる。だが22年の大阪アジアン映画祭で発見した「世界は僕らに気づかない」(飯塚花笑監督)を翌23年1~2月に上映するなど、コロナ禍を契機に新たな客層へのアプローチを念頭に、邦画やアジア映画の上映にも積極的だ。

中村さんは「今はオンラインで映画祭の作品を見られる機会もあるが、やはり大きなスクリーンで見ないと本質が分からない。コロナ禍はこれまで行ったことがなかった国内の映画祭に行くきっかけになった。大阪アジアン映画祭は、エンタメ作品もあって観客の幅が広い」と話している。ザジフィルムズの志村社長は「この3年間は劇場配給する新作を見つけられない状況が続いていたが、大阪アジアン映画祭に助けられた」と言う。

暉峻さんは「近年、大阪アジアン映画祭を訪れる国内配給会社が増え、上映作品が商業公開されているケースは確実に増えている。世界スケールで見ても独自性の高い映画祭として発展させていきたい」と意気込んでいる。

今年はインドやジョージアなど51作品が目白押し

今年の大阪アジアン映画祭は、最優秀を競う「コンペティション部門」や気鋭を取り上げる「インディ・フォーラム部門」など、16の国と地域で製作された51本を上映。コンペ部門には今年、インド映画が2作。コロナ禍の生活と空気感をすくい取った「トラの旦那」と、宮崎駿監督のアニメを愛するあまりに愛猫に「ミャーザキ」と名付けたカップルの物語「マックスとミンとミャーザキ」がノミネートされている。

暉峻さんは「大ヒットした『RRR』でインド映画を知った人にとって、この二つはインド映画のイメージを覆してくれるに違いない。他にコンペでは、ジョージアを舞台にした『私だけの部屋』という映画もあり、ジョージア映画の高い水準に驚かされるはず」と多彩な作品群をアピールした。大阪市などでつくる大阪映像文化振興事業実行委員会主催で19日まで。

ライター
井上知大

井上知大

いのうえ・ともひろ 毎日新聞記者