毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.2.11
この1本:「春江水暖」 世の憂い、悠久の山河
中国の経済発展に伴う急速な変化は地方都市にもおよぶ。1988年生まれのグー・シャオガン監督は、故郷の杭州市富陽が再開発で変わりゆく様を撮ろうと思い立ち、この長編デビュー作を構想したという。そして試行錯誤を重ねた2年間の撮影の末、驚嘆すべき映画を完成させた。
グー家の長男は中華料理店の店主で、自宅を取り壊される漁師の次男は船上暮らし。三男はダウン症の息子を育て、気ままな四男は解体作業員。この4兄弟を中心に、認知症を患う母、結婚話が持ち上がる子供たちを絡めた3世代の家族劇が展開していく。
国家資本主義がふくれ上がった中国の世相を巧みに取り込んだ物語は、住宅価格の高騰や借金苦、介護などの問題にあえぐ庶民の日常に根ざしている。悩める一家の生活を潤すのは、富陽に流れる富春江という大河と両岸にそびえる美しい山々だ。元朝末期にこの景勝地で描かれた山水画「富春山居図」に触発されたグー監督は、四季の移ろいとともに情緒豊かに表情を変える天然のロケーションを余すところなくカメラに収めた。
伝統と現代性が同居するこの映画は、新人監督の実験精神のたまものでもある。とりわけ刮目(かつもく)させられるのは、グー家の孫娘グーシーの恋人ジャンが富春江を泳ぎ、岸辺でグーシーと合流して歩いて行く姿を、10分以上も水上から捉え続けた横移動のロングショット。それはまるで世俗の暮らしにあくせくするちっぽけな人間たちを、富陽の悠久なる自然や歴史が見つめているかのよう。そんな別次元の神秘的な眼差(まなざ)しを発明した本作は、富春江の上空にまたたく謎の光体までもスクリーンに映し出す。何たる自由でスリリングな創造性だろう!
しかもグー監督、この〝動く山水絵巻〟を3部作に発展させるとか。またもや中国から破格の才能が現れた。2時間30分。東京・Bunkamuraル・シネマ、大阪・テアトル梅田(19日から)ほか順次全国で。(諭)
ここに注目
同じく中国映画の新世代監督の長回しが印象的な作品といえば、ビー・ガン監督の「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯(は)てへ」が思い浮かぶ。誰かの夢の中に入るかのようで不思議な没入感があったが、グー監督による絵巻物をゆったりと開いていくかのような長回しには、また異なるゆったりとした心地よさがある。ダイナミックな映像と、お金が絡む暮らしのあれこれを描き出す物語がしっかり結びついているのは、俳優たちの血の通った芝居あればこそ。ほとんどが監督の親族や知り合いだというキャスティングも成功している。(細)
技あり
スタッフはグー監督と同年代で、撮影がない期間は別の映画で働きながら再開の度に集まった。現場は仲間と「創造性を楽しむ場」だったと監督は言う。撮影監督は、監督歴もあるユー・ニンフイと北京電影学院撮影科卒のドン・シュー。発端の誕生祝いなど屋内撮影も頑張ったが、グー監督が言う「横スクロール」が白眉(はくび)だ。ジャンが泳ぐのを右側の風景を見せながら延々追いかける夏の場面と、冬に同じ場所から左側の雪景色を移動するカット。グー監督が目指す画論六法の「気韻生動」(生き生きとして品格がある)あふれる画(え)が撮れた。(渡)