©2022「はい、泳げません」製作委員会

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2022.10.14

外柔内剛の俳優・長谷川博己が進化の余白を持ち続けるワケ

国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。

洪相鉉

洪相鉉

「Sorry for wasting your time. (時間を浪費させてしまい申し訳ありません)」
「What are you talking about? I really enjoyed it. Keep up the good work. You're gonna make a lot of progress.(何を言ってるの? 本当に楽しかったよ。がんばれ。君は大きく発展する)」

気分よくスパーリングを終えてリングから降りるチャンピオンのように笑いながら、執拗(しつよう)に自分を引き留めた行為を謝った私の肩をたたいてくれる彼。大きくて厚い手から伝わるぬくもりが、「偉人(great man)」という名前を肌に伝えているようだった。

ドンㆍオーバードーファー。ジョンズㆍホプキンズ大学外交政策研究所常任研究員、プリンストン大学を出て一生歴史の現場で活躍し、ワシントン・ポスト紙を退職する当時は東西冷戦終結の基礎を築いたジョージㆍシュルツ元国務長官に「予知力で充満した記事を提供したことに感謝する」と賛辞を受けたモダンㆍアメリカンㆍジャーナリズムのレジェンド。国防長官や海ㆍ空軍参謀総長の諮問委員を務めた恩師の教えをスポンジのように吸収していた20代のころの筆者は、「先制的軍備縮小論」という彼の急進的意見を執拗に攻撃した。しかし彼は面倒くさそうな顔を見せるどころか、熱心に自分の理論を説明した末に大笑いした。そんな彼の姿は、筆者の目に不思議に映った。終電をあきらめた短夜、指では西麻布に住むニューヨーク時代の友人に「泊まらせてほしい」というWhatsAppのメッセージを送りながら、頭の中では20年以上前、ソウルㆍ旧大統領府近くの極東問題関連シンクタンクで出会ったあの愉快な笑顔の記憶を思い出しながら考えた。「おそらくミスターㆍオーバードーファーは意気に燃える相手に質問されることで『コミュニケーションの喜び』を感じたのかもしれない」と。このすべての回顧のきっかけは東京・麻布十番の「酒肆ガランス」で行われた、筆者には出国航空券のスケジュールまでも変えながら見たアルベールㆍカミュの戯曲「カリギュラ」の公演でケレアとして出演し、「演技力」という言葉の意味を考え直させた張本人でもあるインテレクチュアルㆍアクター、長谷川博己との2回目の対話だった。


 

彼の情熱は、青白く静かに燃え続ける炎のよう

この出会いの以前にも、疑問が生じればオランダの哲学者バールーフ・デ・スピノザのように正確にポイントを指摘し、質問を続ける長谷川の演技を見るのは筆者の大きな楽しみだった。役の比重を問わず絶えず自身を鞭(むち)打ち、自らに対する冷静な視線を保つ役者。日増しに競争が激化するグローバルㆍフィルムㆍインダストリーで、彼は日本映画の行方を悩み、世界のシネフィルに近寄る方法を模索していた。

ここでもうひとつ指摘しておきたいのは、「悩む力」を持つ俳優・長谷川の演技活動に対する態度である。たくさんの思いをただの観念の遊戯で消費せず、実践の動力にする賢さ。その正しさはすでに数え切れない実績で証明している。欧州ではカンヌ国際映画祭やベネツィア国際映画祭はもちろん、メリエス国際映画祭連盟(MIFF。ポルト国際映画祭、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭、シッチェスㆍカタロニア国際映画祭など、ヨーロッパを中心とした世界有数のジャンル映画祭ネットワーク)の加盟映画祭を駆けまわり、北米でも筆者の叔父が審査員を務めたニューヨーク映画祭やシカゴ国際映画祭を渉猟した。韓国でも釜山国際映画祭と富川国際ファンタスティック映画祭、そして全州国際映画祭に至るいわゆる「御三家」で名前が通じる数少ない海外スターでもある。これがわずか10年足らずの間に起こったことだ。

筆者がさらに胸を打たれたのは、「半世界」で「ディアㆍハンター」のクリストファーㆍウォーケンを連想させるキャラクターに扮(ふん)して炸裂(さくれつ)する力演を披露する一方(この作品が韓国の国際映画祭に来られなかったことに寂しさを吐露する知人が多い)、「麒麟がくる」で史上最強のアンチヒーローを演じ、「ニューウエーブ大河ドラマ」の時代を切り開いた末に心の傷を克服するために奮闘する凡人で、「不運な疫病の時代」を生きる大衆をなぐさめるために、予算の規模にこだわらず作家の情熱をありのまま見て出演作を決める、実に無謀だと言える純粋な闘志(「はい、泳げません」) である。

10月、今年の釜山国際映画祭に招待された18本の映画の中に彼の出演作はない。韓国の国際映画祭でもう6年も彼に会えなかったファンたちは、あと少しの辛抱だ。その一方、自分が出ている映画が出品されないからこそ、観客として渡航し、世界映画の流れを見たいというその情熱。再びその日の夜の討論で交わした言葉をひとつひとつ思い浮かべた筆者は、突然何かに駆り立てられたかのようにアドバイザーとして補佐している閔盛郁(ミンㆍソンウク)全州国際映画祭副委員長に電話をかけ、「今年は釜山国際映画祭のレセプションに同行したい」と話した。そして「あまり華やかな席が好きじゃないあなたがどうしたんだ」と問われると、ニヤリと笑いながらこう答えた。
「宣伝したい俳優がいます」

*「はい、泳げません」はU-NEXTにてプレミア配信中

はい、泳げません

大学で哲学を教える小鳥遊雄司(長谷川博己)は水恐怖症のカナヅチ。一念発起して飛び込んだスイミングクラブで、コーチの薄原静香(綾瀬はるか)の下で泳ぎを習い始める。雄司は、自分が泳げなかったために幼い息子を水の事故で亡くし、しかもその時の記憶を失っていた。泳ぎながら記憶を呼び戻し、自身の過去と向き合うことになる。

ライター
洪相鉉

洪相鉉

ほん・さんひょん 韓国映画専門ウェブメディア「CoAR」運営委員。全州国際映画祭ㆍ富川国際ファンタスティック映画祭アドバイザー、高崎映画祭シニアプロデューサー。TBS主催DigCon6 Asia審査員。政治学と映像芸術学の修士学位を持ち、東京大留学。パリ経済学校と共同プロジェクトを行った清水研究室所属。「CoAR」で連載中の日本映画人インタビューは韓国トップクラスの人気を誇る。