金の糸

金の糸

2022.3.06

藤原帰一のいつでもシネマ 「金の糸」 過去と折り合いはつけられるか 

藤原帰一・元東京大法学政治学研究科教授が、新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

藤原帰一

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映画の学校 岩波ホール閉館に衝撃

岩波ホールが閉館になるというニュースには、お世話になってきた先生の訃報を聞くような衝撃を受けました。私にとって、岩波ホールが映画の学校だったからです。まだミニシアターなんて言葉もなかった1974年にサタジット・レイの「大地のうた」3部作を見て以来、ここで上映される映画は見逃せないなんて思いで通いました。いま過去に公開された作品のリストを見ても、クラシックな映画も同時代の作品も含めて、外れがない。よい映画を見抜く眼力があってのことですね。エキプ・ド・シネマの開始からホールの中心としてご活躍になった高野悦子さん、最初から高野さんを支え、高野さんがお亡くなりになった後は新たな柱となって支えてこられた岩波律子さん、さすがです。
 

ジョージア映画を広く紹介

岩波ホールはジョージア映画を広く紹介したことでも知られています。ジョージア、以前はグルジアと呼ばれたところですね。かつてはソビエト連邦の一部でしたが、独裁者スターリンの圧政のもとに置かれ、スターリンが死んだ後もジョージアのナショナリズムは抑えつけられました。ソ連解体とともに91年に独立しますが、ジョージア国内に民族紛争が展開した上に、ロシアとの紛争が続き、2008年には戦争に発展しました。つらい、苦難の歴史です。
 
でもこのジョージア、映画がいいんです。その映画の素晴らしさを紹介するために努力されたのがはらだたけひで(原田健秀)さん、「グルジア映画への旅」という著作もある方です。私が最初に見たのはソ連時代の「ピロスマニ」、素朴に見えて神経の細やかな画家の作品が映画の画調とぴったり重なり合って不思議な世界を展開していました。その後の「とうもろこしの島」や「聖なる泉の少女」も忘れられません。

 

国家の苦難と重なる生涯 91歳監督の新作

今回岩波ホールほかで公開されている「金の糸」もジョージアの映画です。監督は、ラナ・ゴゴベリゼ。もう91歳になられるとのことですが、ソ連時代の61年に最初の長編映画を発表してから現在までジョージア映画の中心を担ってきた方。そして、このゴゴベリゼ監督の生涯が、ジョージアの苦難の歴史と重なっているんです。父親はグルジア共産党第1書記でしたが、スターリンの粛清で処刑され、母親のヌツァは同国初の女性映画監督でしたが、強制収容所への流刑に処せられてしまいます。ゴゴベリゼ監督自身、検閲に抗しながら映画作品を発表してこられましたが、最近ではジョージアの国会議員やフランス大使などの要職をお務めになってきた。そのゴゴベリゼ監督が、今回27年ぶりに、この作品です。
 
舞台はジョージアの首都、トビリシ。娘夫婦と暮らす79歳の女性エレネの元に、娘の姑(しゅうとめ)ミランダがやってきて、同居することになります。ミランダに認知症の症状が出てきたので1人暮らしはさせられないというんですが、この2人、昔から仲が悪いんですね。エレネとミランダの同居、もっといえばいさかいのなかから、2人の抱える過去がよみがえり、現在の暮らしに刺さっていきます。
 


限られた人生の残り時間に重い問い

どこまでも静かで淡々と進みますが、重い問いを投げかける映画です。人間は過去によってさいなまれ、過去のために争いを続けるのか。過去と折り合いをつけて生きることはできるんだろうか。これ、人間は、なんて問いかけるといかにも大げさに響くでしょうが、長い時間を生きてきた人にとっては、残された時間が限られているからこそ、自分の問題。その人自身が答えを求めずにはいられない切実な問いなんです。
 
そして、一人一人の抱える過去が、ジョージアの過去、歴史と重なり合っています。芸術家でありながら作品を発表する機会を奪われていた79歳のエレネ。昔の恋人で、今は車椅子に乗ってエレネに電話をかけてくるアルチル、さらにソ連時代には政府高官だったミランダ、それぞれに重く、しかも異なる過去を抱えています。エレネとミランダは顔を合わせるだけで意地悪を言わずにはいられないという具合ですが、その意地悪には過去のいさかいに加えて、ジョージアの歴史が反映されています。エレネにとってソ連時代はつらい過去なんですが、ミランダには逆にソ連はいい時代、その栄光を失ったのが現在なんですね。
一つの過去があるのではなく、割れた陶器のようにばらばらで、とがった破片には傷つけられてしまう。過去の記憶の断片が、いま生きる人の気持ちを傷つけるんです。ここでは過去は重荷です。でも、過去なしに今の自分はありませんから、苦しくても過去を求めずにはいられない。映画のなかの言葉の通り、過去は財産であり、重荷でもあるんですね。
 

記憶の断片を結びつけ 失われた時を求める

この映画の題名「金の糸」は、金継ぎという日本の伝統技術から来ています。陶磁器を接着し、金などで装飾して仕上げる技法なんですが、さまざまにせめぎ合う過去の断片をつなぐ金の糸というメタファーになっている。さまざまな過去の断片を、金の糸によって結びつけ、美しい陶器に作り直してゆくんです。映画冒頭でエレネはプルーストの小説の題名、「失われた時を求めて」を口にして感動するんですが、まさにこの映画は失われた時を求める旅だということができるでしょう。
 
年を重ねれば未来よりも過去の重みが大きくなってくる。胸に響いて、しみこんでくる映画です。

ライター
藤原帰一

藤原帰一

ふじわら・きいち 東京大未来ビジョン研究センター客員教授。1956年生まれ。専攻は国際政治。著書に「戦争の条件」(集英社)、「これは映画だ!」(朝日新聞出版)など。「映画を見る合間に政治学を勉強しています」と語るほどの映画通。公開予定の新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。