なら国際映画祭のマークなどがペイントされた階段。ここにも鹿はいる

なら国際映画祭のマークなどがペイントされた階段。ここにも鹿はいる

2022.10.04

鹿!映画!鹿! コロナ禍乗り越え笑顔あふれ:なら国際映画祭リポート

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

伊地知克介

伊地知克介

奈良市を舞台に隔年で開かれている「なら国際映画祭」は今年、9月17~24日の日程で行われた。今年度は前半に「なら国際映画祭for Youth」を設け、若手育成の方向性を強く打ち出した。次世代の映画を応援する小さな国際映画祭はコロナ禍に加えて今回は台風直撃と〝逆風〟を受けながらも少しずつ前進しているように見えた。
 


 

古都に集まった世界の映画人

どこを歩いても鹿がいる。なら国際映画祭の5会場は奈良公園周辺に設けられており、会場から会場に移動する時に必ず鹿に出くわす。人を見ると近づいてくる。これはある意味、映画祭のすごい特徴だろう。前回(2020年)のオープニングセレモニーは夜の屋外で、取材中に後ろから誰かにぶつかられ(それもけっこう激しく)、振り返ると鹿だった、ということもあった。
 
国際映画祭の会場に動物がいる、というのもなかなか想像を超える経験ではある。今回も海外からの参加者がうれしそうに鹿に近づき、写真や動画を撮る場面が見られた。実際、あとで映画監督のSNSに、街を歩く鹿の映像が上げられているのを見て、こういう風景はなかなかないのだなあ、と思ったりもした。奈良ならではの街の風景はなんといっても魅力だ。
 
そうした古都で始まった映画祭は今回、若者たちの祭典からスタートした。「for Youth」は全部で3部門。短編映画を「つくる」のが「ユース映画制作ワークショップ」。8月に1週間の制作期間で撮影された3作品が17日に上映された。「観(み)る」力をつけてもらおうというユース映画審査員は長短編5作品ずつを見て、協議し、それぞれの表彰作品を決めた。映画を「見せる」ことに取り組む「ユースシネマインターン」は映画の宣伝・配給の仕事を学び、19日に上映会を開いた。


 

次世代の育成に力 「for Youth」3部門

「ユース映画制作ワークショップ」の作品の充実ぶりが目を引いた。集まった約20人は主に高校生で、3チームに分かれて「遣らずの雨」「ここにはQ(問い)もA(答え)もなかった。」「制服を着たままで」の3短編を製作。1週間の製作期間で話し合って、プロの映画監督らのアドバイスを受けながらつくりあげた作品は進路や恋の悩みを持つ等身大の「自分たち」を撮った作品。地味で粗削りの内容ながら、繊細な表現が心を打ち、若者たちを包み込むような奈良の自然と歴史的景観が印象に残る3作品となった。
 
川崎市から参加した光宗里姫(りこ)さん(19)=大学生=は「製作期間が1週間で、初めて会う同世代のメンバーと映画をつくるのは他ではできない経験。指示を待たず、自分から動くように心がけた。これまでも参加してきたが、最終年ということでプレッシャーもあり、しんどい1週間だったが、振り返ると楽しかった」と話していた。
 
ユースシネマインターンに集まった高校生たちはドキュメンタリー映画「緑の牢獄」(黄インイク監督)を宣伝、チラシや予告編をつくり、集客するという仕事に臨んだ。映画製作などと違い、映画の宣伝・PRを高校生が担う取り組みはユニークだ。「映画はつくる・見るだけでなく『見せる』仕事もあることを経験してほしい」と2020年から始まった。
 

「ユース映画制作ワークショップ」で制作した映画について話す参加者ら

「ビューティフルでピースフル」

「緑の牢獄」は西表島の炭鉱労働の歴史と証言者の人生を描く静かで奥行きのある力作で「宣伝しやすい」内容ではないだけに苦戦した。しかし若者たちが地道に映画館などを回り、PRに歩いた成果はあった。台風の近づく中、137人の観客が会場の東大寺金鐘ホールに集まり、「こんなに来てもらえるとは」と映画祭関係者が驚くほどの盛況。高校生らは壇上に黄インイク監督とともに上がり、笑顔で記念写真を撮る様子が見られた。
 
アフリカの女性監督を招いて奈良で短編映画を撮影、その作品を上映する「Grand Voyage with AFRICA」上映会も注目を集めた。映画祭とユネスコが協力して取り組んだ。ケニア、ナイジェリア、セネガルなどアフリカ各国の女性監督を中心に10人の監督が参加。10人は奈良に滞在して、思い思いに興味のある素材を掘り下げてドキュメンタリー映画を作り上げた。興福寺の五重塔を描き続ける男性や、老舗の商店主、僧侶などの話を聞いて撮影・編集に取り組んだ2週間だった。監督たちは「得がたい経験だった」と話す。
 
映画祭では10人のうち9人が登壇、短編映画が上映された後に感想を話した。奈良の街について「ビューティフルで、ピースフルな街。ここで撮影できたのは楽しかった」と生き生きと話した。
 
「ビューティフル」はともかく、「ピースフル」「ピース」という言葉が何度も出てきたことに、複雑な感慨があった。映画祭の始まる2カ月前には同じ奈良市内で、安倍晋三元首相銃撃事件が起き、世界中に「テロのあった場所」として「NARA」が発信されてしまっていた。
 

受賞して「金の鹿」を手にあいさつするプロスン・チャタルジ監督

インド映画が最優秀「ゴールデンSHIKA賞」

それでも奈良の地に「平和」を感じ、言葉にしてくれるアフリカの監督たちに日本人として感謝を感じるとともに、長い歴史のある景観が今も見られ、鹿が町中を歩き回っているという奈良のまちは、そうした出来事も乗り越えて、なお「平和」を感じさせるのだろうか。だとすれば、それはとても貴重なものなのだなあ、と思った。
 
24日には受賞者が発表された。最優秀賞が「ゴールデンSHIKA賞」、学生部門の最優秀賞が「ゴールデンKOJIKA賞」というのは冗談みたいだが、考えたら国際映画祭の〝先輩〟たちは「金獅子賞」(ベネチア映画祭)、「金熊賞」(ベルリン映画祭)など動物の名前が冠される賞を授与していて、奈良だからって鹿にこだわりすぎ、というわけでもなさそうだ。とはいえ、受賞者が鹿の像を掲げて喜ぶ様子はなんだかユーモラスではあるけれど。
 
インターナショナルコンペティション部門はインド映画の「ドストジ」(プロスン・チャタルジ監督)が「ゴールデンSHIKA賞」を受賞した。長編映画初監督というチャタルジ監督の作品はベンガル地方の農村を舞台にした劇映画で、お互いを「ドストジ(方言で〝相棒〟の意味)」と呼び合う、家が隣同士の少年2人が主人公。この2軒は宗教が違い、地域のあつれきも起きているのだが、子どもたちは関係なく仲良し。2人がつるんで出かける田園地帯の風景が素晴らしく、息をのむような美しい場面がいくつもあった。


 学生映画部門の受賞者と審査員ら。中央が「ゴールデンKOJIKA賞」を獲得した堀内監督

「分断の時代でも仲間になれる」

会場で手を合わせて感謝を示し、「金の鹿」像を手にしたチャタルジ監督は「世界の分断は今や危険な状況でもあるが、人は違いがあっても必ず〝ドストジ〟になれる。一縷(いちる)の望みはある、という思いを込めた」と話していた。
 
学生の製作した映画に与えられる「ゴールデンKOJIKA賞」は堀内友貴監督の「明ける夜に」が受賞した。何かとうまくいかない若者たちが海辺に集まる8月31日夜を描いた群像劇。とても「子鹿」とは思えない、ひねりの利いた脚本を堀内監督自身が書き、個性的なキャストが生き生きとそれぞれの夏の終わりを演じた。
 
クラウドファンディング(CF)で資金を集めて作られた作品で、堀内監督は壇上でまずCFに応じてくれた人たちに感謝の言葉を述べ、「ちょうど1年前に撮った作品で、海辺の場面を台風で撮影を1日中止にして、翌日に1夜で撮影した。結果的に人の少ない静かな海辺の風景が撮れた。キャスト、スタッフが本当に頑張ってくれた」と振り返っていた。
 
この映画祭で受賞すると奈良のまちを舞台に映画製作をする「NARA-TIVE」プロジェクトの企画を出すことができる。これまでに8作品が製作され、今回は「NARA-tive上映会」も開かれ、大勢が映画になった「奈良の風景」を楽しんでいた。
 

海外ゲストも来日、登壇

コロナ禍で海外の映画関係者の多くが来日できず、受賞者のあいさつもほとんどが中継になった2020年の前回に比べて、今回はほとんどの受賞者が壇上に上がり、笑顔であいさつした。大勢のボランティアも集まり、映画祭としては苦難を乗り越えて、活気を取り戻した感もある。
 
一方で台風の直撃もあって映画祭全体の入場者は8日間で4700人にとどまり、「良質な映画とユニークな取り組みがある割に知られておらず、参加者が少ない」というこれまでの課題も引き続き残された。
 
映画祭のエグゼクティブディレクターを務める河瀬直美監督は、賛否の分かれる東京五輪の公式記録映画監督という大変な仕事を終え、今回の映画祭を迎えた。「今回は始めてから12年、えとも一回りしての映画祭。原点に戻るつもりで臨んだ。課題はあるが、(3部門に集まった)ユースたちの成長が収穫で、彼らに勇気や希望をもらった。新たな出発を今後につなげたい」と話していた。
 

ライター
伊地知克介

伊地知克介

いぢち・かつゆき 毎日新聞大阪本社代表室・毎日21世紀フォーラム事務局長。阪神支局長、学芸部長を経て現職。21世紀フォーラムは関西の企業等による異業種交流会。毎日文化センターの一日講座などの企画・司会も。劇作家としても活動しており、2022~23年にも、兵庫・大阪・神奈川・福島で6作品が上演された。「光と虫」で第2回西の風戯曲賞を受賞した。

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