毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.6.17
この1本:「グリード ファストファッション帝国の真実」 虚飾と困窮、黒い戯画
マイケル・ウィンターボトム監督は多芸多才。「イン・ディス・ワールド」など社会派映画もお手のものだ。この映画でもファストファッション業界をとば口に、資本主義の暗部をどぎつく風刺する。
風光明媚(めいび)なギリシャ・ミコノス島で、アパレル業界の大富豪マクリディ(スティーブ・クーガン)が、60歳の誕生パーティーを準備している。成り上がりのマクリディは金に物を言わせやりたい放題。下品で尊大、しかも悪趣味。巨額のギャラでセレブを招き、余興は古代ローマのような円形闘技場で人間とライオンを格闘させるという。しかし闘技場の建設は遅れるし、浜辺にシリア難民がテントを張って景観を妨げる。マクリディは怒り、顔色をうかがう取り巻きたちは戦々恐々。その独裁ぶりと周囲のドタバタが、黒い笑いと共に描かれる。
混乱の合間に、マクリディのがめつい商売がフラッシュバックで挿入される。スリランカの縫製工場を値切り倒し、ブランドを買収して事業を拡大、脱法的資金繰りで業績を粉飾する。議会に召喚されれば、節税なんて誰でもやっているとうそぶいてみせる。
ウィンターボトム監督は、マクリディを傲岸不遜な悪役に仕立て上げた。彼に仮託して、途上国の安価な労働力を搾取するファッションブランドの内幕を暴き、行き場をなくしてなお虐待される難民の窮状を見せ、巨大企業の税金逃れと錬金術をさらけ出す。富をため込んで飽き足りない金持ちの醜態を戯画化する手際の鮮やかなこと。
強烈なキャラクターと物語で飽きさせない娯楽作に、自由主義経済の不平等と不公正をてんこ盛り。ライオンのオチに至るまで言いたいことは明快だ。ただ、いささかやり過ぎ。寓意(ぐうい)があからさまで鼻白む。それでも、世の中間違っていないかという訴えには、大いに共感させられる。1時間44分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)
ここに注目
太陽の下で白すぎる歯を輝かせ、周囲を振り回して自身の誕生日を祝うために本物のライオンまで用意させる主人公は、まさにグリード(強欲)そのもの。常軌を逸した男の豪快な物語としての面白さに引き込まれる。しかし回想シーンによって、アジアの貧困層の女性を犠牲にした彼の非情なビジネスマンぶりが明かされると、次第に笑えなくなってきた。格差社会の現実を描くこの映画を見た後、ファストファッションを手に取ることへの迷いと罪悪感が生じる人が多いのではないだろうか。この後味の悪さこそ、監督の狙いかもしれない。(細)
技あり
ジャイルズ・ナットジェンズ撮影監督は、ミコノス島周辺の光景を生かしてそつがない。効果によっては昔からの手法も使う。例えば画面分割で、阿漕(あこぎ)なマクリディのやり口を手っ取り早く説明する。あるいはパンつなぎ。テラスでの朝食で、マクリディの側近のアマンダと伝記作家ニックらが話すカットから、途中は画(え)が流れる素早い動きのスイッシュパンを使い、奥の席で金の話をするマクリディとアシスタントに移る。テンポが上がる方法は何でも試そうという姿勢で、強欲な主人公の還暦祝いまでの日々を撮った。(渡)