ク・ギョファン C&B Photography

ク・ギョファン C&B Photography

2022.4.28

先取り! 深掘り! 推しの韓流:ク・ギョファンから見る韓国映画の未来

映画でも配信でも、魅力的な作品を次々と送り出す韓国。これから公開、あるいは配信中の映画、シリーズの見どころ、注目の俳優を紹介。強力作品を生み出す製作現場の裏話も、現地からお伝えします。熱心なファンはもちろん、これから見るという方に、ひとシネマが最新情報をお届けします。

佐藤結

佐藤結

先取り!深掘り!推しの韓流

独立系でキャリア積み、監督も


「また、ク・ギョファン!?」と、思わず声を挙げたのは、去年の夏頃だっただろうか。「新感染半島 ファイナル・ステージ」(2020年)での、ナイーブな悪役が印象的だった彼が、Netflixの時代劇ゾンビもの「キングダム」シリーズのスピンオフ作品「キングダム:アシンの物語」、そして、同じくNetflixオリジナルシリーズ「D.P. 脱走兵追跡官」と、話題作に立て続けに出演していることに気づいた時だった。おまけに、過去にどこかで見たことがある気もするのだが……と思い、調べてみたら、予想以上にユニークな彼の軌跡が浮かび上がってきた。


「 D.P. 脱走兵追跡官」 Netflixで配信中。Blackaura

1982年12月14日生まれのク・ギョファンは、ソウル芸術大学映画学科を卒業後、インディペンデント映画を中心にキャリアを積んできた俳優だ。また、演技と並行して、演出や編集といった製作サイドの経験も豊富で、定期的に監督作も発表している。
 
そんな彼が俳優として大きく注目されるようになった作品は、「夢のジェーン(原題)」(17年)。家出した少年少女の面倒を見ながら共に暮らすトランスジェンダー女性に扮(ふん)し、主要映画賞でいくつもの新人賞に選ばれた。19年には、公私にわたるパートナーとして知られるイ・オクソプ監督の「なまず」で、主人公と同棲中の恋人を軽妙に演じた。実は、この作品も、もともとは共同で脚本を書き始め、2人で演出することも考えていたとのこと。最終的にイ・オクソプ監督が1人で担当することになったのだが、脚本執筆の途中で「この役、僕がやるのはどうかな?」と立候補したというク・ギョファンは、脚本、編集、プロデューサーとしてもクレジットされている。私が初めて彼を知ったのは、この作品がワールドプレミア上映された18年の釜山国際映画祭だった。
 

「モガディシュ 脱出までの14日間」のク・ギョファン (c)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.

「新感染半島」から「モガディシュ」まで快進撃

と、ここまで彼の経歴を書いてくると、何をいまさら〝先取り〟なのかという声も聞こえてきそうだ。年齢も39歳と、まったく若くない。しかし、映画祭や業界内では広く知られた「夢のジェーン」も、観客数は2500人弱。大ヒット映画が1000万人以上という数の観客を集める(コロナ禍以前の数字ではあるが……)韓国にあっては、インディペンデントな〝小さな映画〟であったため、彼に一般的な知名度が出てきたのは、「新感染半島 ファイナル・ステージ」からなのだ。もちろん、そこからの快進撃には驚かされる。
 
日本でも大ヒットしたゾンビムービー「新感染 ファイナル・エクスプレス」(16年)の4年後を描く「新感染半島 ファイナル・ステージ」でク・ギョファンが演じたのは、ゾンビによって廃虚とされたソウルの地で、刹那(せつな)的に生きる民兵集団631部隊のリーダー、ソ大尉。正気を失ったように享楽的に暮らす兵士たちの中で唯一、冷静で、それ故に厭世(えんせい)的な人物だ。初めて彼を商業映画に起用したヨン・サンホ監督はク・ギョファンについて「商業映画で経験を積んできた俳優とも、舞台出身の俳優とも違う。新しいタイプだ」と評している。続く「キングダム:アシンの物語」では、主人公の故郷の村を全滅させる部族の首長に扮し、出演場面は短いが、冷徹で残酷な男を印象深く見せた。
 
彼独特の、気まぐれにも見える自由奔放な演技、エネルギッシュでいて頭の芯は冷えているような客観性、そして、一度聞いたら忘れない高い声。そのすべてがひとつになって、商業映画やドラマシリーズにおいても、ありきたりでない、ユニークな人物を誕生させることができることを証明した。
 
昨年は、コロナ感染者の増減の間を縫って公開された「モガディシュ 脱出までの14日間」(日本では22年7月1日公開)に出演。90年代はじめ、内戦が激化していたソマリアで、はからずも協力することになった韓国と北朝鮮の大使館員たちの実話をもとにしたこの映画でク・ギョファンは、韓国側に対して強い警戒感を持つ参事官を演じた。緊迫した状況の続くこの作品では、これまでの役柄と違って口数も少なく、するどい眼光で周囲を観察する姿が新鮮だった。


C&B Photography

縦横無尽に映像と戯れ YouTubeで短編も発表 

軍隊から脱走した兵士たちを追う「D.P. 脱走兵追跡官」は、6話のシリーズものだけに、より多彩な演技を見ることができる。ク・ギョファンは、主人公の先輩にあたる追跡官役で、軍病院のシャワー室に半裸で登場するシーンからユーモアあふれる姿を見せる。彼とバディーを組む主人公が、厳しい階級差と元来の性格からほとんどしゃべらないこともあり、捜査は口八丁手八丁の彼の主導で進んでいく。軍隊内のいじめなどを赤裸々に描いた重めの内容のドラマだが、ク・ギョファンの軽快な演技もあって、バディーものとしても楽しむことができる。
 
Netflix作品での活躍が目立った昨年は、配信情報アプリKINOLIGHTSが開催した「2021 KINOLIGHTS AWARDS」で「今年の俳優」に選ばれたほか、5月6日に授賞式が行われる百想芸術大賞でも、「モガディシュ」で映画部門の助演賞、「D.P. 脱走兵追跡官」でテレビ部門の新人演技賞にノミネートされている(18年の同賞では映画部門の新人演技賞を受賞)。4月29日からはローカル配信プラットフォームTVINGで、「新感染半島」のヨン・サンホ監督が脚本を手掛けた新シリーズ「怪異」がスタートする。さらに2本の映画が公開待機中で、出演決定のニュースも1本と、来年まで途切れることなく作品が続いていく。
 
「パラサイト 半地下の家族」(19年)のアカデミー賞受賞の喜びもつかの間、危機に直面した映画界の人材の多くが「イカゲーム」(21年)に象徴される、配信プラットフォーム発の映像コンテンツへと移動している韓国において、「プラットフォームの境界がなくなるのが面白い」と語り、イ・オクソプ監督と開設したYouTubeチャンネルでは短編映画のアップも続けるなど、人気俳優の仲間入りをした後も、縦横無尽に映像と戯れているように見えるク・ギョファン。未来へのヒントは、俳優として、作り手として、これまでにない道を歩んできた彼の進む先に見えてくるかもしれない。

ライター
佐藤結

佐藤結

さとう・ゆう 映画ライター。1990年代に交換留学生として韓国・延世大学へ留学。韓国映画やドキュメンタリー映画、韓国ドラマを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社刊)がある。スカパー!の映画サイト「映画の空」では、毎月、おすすめの韓国映画についてのコラムを連載中。