「雨の中の慾情」の成田凌

「雨の中の慾情」の成田凌宮本明登撮影

2024.12.03

成田凌「いい画のためならリテーク何十回でも」ソフトな見た目とハードな俳優魂

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勝田友巳

勝田友巳

「こういう作品をやりたくてこの仕事を始めたんで、幸せです」。つげ義春のマンガが原作の「雨の中の慾情」で主演した成田凌。妄想と現実の中で自分を見失ううらぶれた漫画家を巡る奇譚(きたん)で、これまでのイメージをまた一つ更新。表情と言葉はあくまでも柔らかく、しかしその奥に演技への強い思いが感じられたのだった。


「カツベン!」で毎日映コン男優主演賞

モデルとして活動を始めた当初から、視線の先にあったのは映画俳優。「もともとはテレビっ子」というが、永瀬正敏を知って「映画を見たい」とのめり込んだ。「1990年代、2000年代の映画がすごく好き」。俳優デビュー後はドラマで注目され、転機となったのは2019年。そのころ「映画の年にしませんかと提案して、いろんな作品に出させてもらいました」。18年から19年にかけて「ここは退屈迎えに来て」「スマホを落としただけなのに」「愛がなんだ」「さよならくちびる」「人間失格 太宰治と3人の女たち」などなど、出演映画が続々と公開され、活動弁士役で主演した「カツベン!」で、毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。俳優としての幅を一気に広げ、評価も固めた。「すてきなチームで仕事をしたい。映画でやっていけたらいいなと思ってる派、なんです」

30代に入り、今や引っ張りだこの人気者。それなのに「映画の人たちへの憧れみたいな気持ちが抜けない」とか。「永瀬さんと『カツベン!』で共演した時は、撮影中ずーっとくっついて、たわいのない話をして、それだけで幸せでした。自分の携帯が鳴って、画面に『永瀬正敏』とか表示されると思わずスクショしちゃいます」


「雨の中の慾情」©2024 「雨の中の慾情」製作委員会

「厳しめで」とお願いすることも

「雨の中の慾情」は、冒頭場面からギョッとする。土砂降りの中、バス停で男女が雨宿りしている。「雷が落ちるから金属は外した方がいい」と成田演じる男が言い、女は次々と服を脱いでいく。やがて2人は裸になり、水田で泥まみれで抱き合う。際どいユーモアもあるト書きに「こんな脚本、見たことない」と喜んだ。

片山慎三監督は粘りの演出。時に10回以上の撮り直しも。しかし「当たり前のこと」と意に介さず、むしろ楽しんだようだ。「いいものを作るのに、何回でも何十回でもやりましょうと」。映画やテレビの現場で「諦めみたいなもの」を感じることもあるという。「泣くようなシーンは1回でOKになりがちだけど、そうじゃない時も絶対ある。やるとなったら甘やかさない方がいい。最近は監督に『厳しめで』と言うこともあります。テークを重ねることがマイナスに捉えられないといい」。優しげなたたずまいから、頼もしい言葉がてらいなく、次々と出てきた。

「雨の中の慾情」は、つげの同名マンガに他の作品を融合させて創作。物語に仕掛けがほどこされ、意外な展開を見せる。「脚本を読みながらずっとワクワクが止まらなかった」。撮影前に出版社の友人に頼んでつげのマンガを取り寄せ「箱いっぱいの作品を読んで、空気感をつかんで臨みました。大変かなという気もしましたが、撮影現場の美術とかロケーションを見て、いい画(え)が撮れると思いました」。時にコミカルなラブストーリーを軸に、ひねった展開や超現実的な映像も取り込んだ挑戦的な作りを「逃げない映画」と表現した。「映画を真剣に見る人も、楽しそうだからと見る人も、どちらにも刺さればいいなと」


撮影は台湾 チームで一体

舞台は日本だが、撮影のほとんどは台湾。要求の高い現場に、スタッフは獅子奮迅の活躍だったという。「監督はじめ、みんなが本当にいい作品にするんだという気持ちで取り組んでいて、『すごい画が撮れている』という感覚になっていく。それは台湾人スタッフも同じで、どんどんチームになっていった。互いに信頼してやる気に満ちあふれ、学びになりましたね」。そのかいあって「全カット、ずっと魅力がある。撮影中にチェックしながら、いやあすごいなと」。ただ、演じる方もさぞかし大変だったのではと聞いたら「僕は、肉体的にも心も、体力もあるんで」とけろり。

義男を演じるに当たって、片山監督からの注文は「基本的に、何もしなくていい」。「嫉妬や、欲しいものが手に入らないモヤモヤを抱えて、本当の自分に気づいているのかいないのか、そんな空気感をまとおうとしました」。監督から「走る時に手を振らないと思うんです」「義男さんは、猫になってください」ととっぴな要求も多かったが、そこも大いに役立ったという。衝撃的なものを見て驚く場面では「顔の全部を開いてくれ」と言われて「マックスの全部にしたら、『もっといけますか』と。さすがに無理でした。自分の顔の限界を知りました」。どんな表情かは、スクリーンで確認を。


人を信じられるようになりました

人なつこい柔らかい笑顔で、素直に言葉をつなぐ。受け答えにも余裕が感じられるのに「昔は周りの全員が敵に見えていた。ここ数年ですね、人を信じられるようになりました」とは意外。「デビューしてしばらくは余裕もなくて、下手くそなのに態度だけはでかいと嫌われてると思い込んでいた。なんだったんだろうあの時期、と思います」。だんだんと物語の中心で演じるようになり、年齢も重ねた。「責任感も出てきたのかもしれない。それと、周りに戦ってくれている人がいっぱいいる、そこをちゃんと考えなきゃと気がついた」

30代、俳優としてのこれからは。「今は自分のことに必死ですけど、監督にも興味がある」という。「この人に出てほしい、こういう画はいいなと」。そして「毎日映画コンクールに呼ばれたいです」。表彰式がいい思い出になっているという。「自分がというわけではなくて、賞をいただくと関わった人みんなが報われた気がして、うれしいんです」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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