「サントメール ある被告」のアリス・ディオップ監督© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022

「サントメール ある被告」のアリス・ディオップ監督© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022

2023.7.11

カリカチュアされてきた黒人女性像を更新したい 「サントメール ある被告」アリス・ディオップ監督

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木村光則

木村光則

母親が生後15カ月の娘を海辺に置き去りにして殺害した罪に問われるという、フランスで実際に起きた事件と裁判を基にした映画「サントメール ある被告」が14日から全国公開される。実際の裁判記録をセリフにするというドキュメンタリー的手法を取り入れながら、劇映画としての効果も生み出した本作で、第79回ベネチア国際映画祭審査員大賞(銀獅子賞)を受賞した気鋭のアリス・ディオップ監督に、作品に込めた思いを聞いた。
 


 

乳児置き去り事件の裁判を映画化

フランス北部の町サントメールでセネガル出身の黒人女性が罪に問われた事件に関心を抱いたセネガル系フランス人のディオップ監督は、実際に裁判を傍聴し続けた。「全てが私には関心事だった。裁判を傍聴して自分でも驚くような感情が生まれた。私にも息子がいるけれど、裁判は母性について深く考えるきっかけになった」
 
映画は、セネガル系フランス人の女性作家ラマ(カイジ・カガメ)が、セネガルからフランスに留学してきた黒人女性ロランス・コリー(ガスラジー・マランダ)が娘を殺害した罪に問われた裁判を傍聴する形で進む。ラマは幼い頃に自分にきつく当たった母親と今も自然に接することができない。そしてミュージシャンのパートナーとの間に子を宿しているが、母親になることに不安を抱いている。


時間の流れに拘束されない劇映画で

ディオップ監督はドキュメンタリー映画作家として歩み、2021年には「私たち」でベルリン国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。では、なぜ、裁判を傍聴までした事件をドキュメンタリーではなく劇映画として製作したのか?
 
「この事件はドキュメンタリーとしては時間の流れという拘束を受けすぎるので、単なる裁判の追っかけにしかならないと感じた。それより、ラマというフィクショナルな人物が裁判を傍聴して〝母性〟と向き合う姿を描くことで、私が本当に語りたいところに到達できると思った」
 
作中では、法廷シーンだけでなく、ラマがホテルに戻って涙を流したり、幼少期を回想したりするシーンが描かれる。「観客が『私にもよく分かる』と感じてくれる人物として造形した。彼女を自己同一化した観客はとても多いと思う」


 

フランスでも偏見に直面してきた

作中で、白人の証人や検察官らから、ロランスにアフリカから来た黒人への偏見や決めつけの言葉が投げかけられる。例えば、ロランスが通っていた大学の女性教員は、彼女がウィトゲンシュタインで論文を書こうとしたことを「自分と無関係の哲学に逃げた」と証言する。アフリカ人の女性が20世紀前半のヨーロッパ哲学を選ぶなんておかしいというわけだ。
 
黒人であり名門ソルボンヌ大で学んだディオップ監督は「私はフランス社会で高等教育も受けてきたけれど、それでも周囲の偏見にいつも直面しながら生きてきた」と話し、こう続ける。
 
「フランスの文学でも映画でも、黒人女性はきちんと描かれてこなかった。カリカチュア(誇張)された人物や、貧しい中で生きる肝っ玉母さんのような感じでしか描かれない。けれど、黒人女性はそんなに簡単に表せる存在ではない、もっと複雑なんだということを伝えたかった。ラマとロランスという2人の女性を描くことで、固定観念にとらわれた黒人の女性像を更新することに少しは貢献できたかと思う」


裁判の言葉をセリフに

ドキュメンタリー映画監督らしく、派手な演出はしなかったという。俳優たちは実際の裁判で発せられた言葉をセリフとして読み上げた。その中で、女性裁判長を演じたバレリー・ドレビルがあるセリフを読み上げるうちに突然泣き出した。もちろん台本に「泣く」演出はない。ディオップ監督は「本当の裁判長は泣いていませんでしたが、裁判長を演じた俳優さんは泣きました。俳優さんにとって、人間として感じるエモーションがあったのでは」と話す。
 
演出については「私は長回し(一度に長時間撮影し続けること)でのワンカット、ワンシーンでこそ濃密なリアリティーが生まれると信じている。今回はドキュメンタリー作家としてのキャリアと技法が真実性を作品にもたらした」と狙いを語った。


観客も自分の影の部分を浮かび上がらせて

作品はアフリカ系の女性たちが感じている閉塞(へいそく)感の描写から、「母と子」「母性」という普遍的なテーマへ広がっていく。ラマは、ロランスが心の中に抱えていた葛藤や孤独を感じるうちに、自らの母親もかつて、同じような苦しみを抱えていたのだと理解する。
 
「ラマを物語の中に挿入したことで、母性という大事なテーマを伝えることができた」と語るディオップ監督。「女性も男性も、誰しもが複雑な母親との関係性やストーリーを自分の中に秘めている。観客には(作品を見て)自分の傷ついている部分や影の部分を浮かび上がらせる疑似体験をしてほしい」と呼び掛けた。
 
東京・Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下、大阪・シネ・リーブル梅田などで公開。

ライター
木村光則

木村光則

きむら・みつのり 毎日新聞学芸部副部長。神奈川県出身。2001年、毎日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部を経て、学芸部へ。演劇、書評、映画を担当。

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