「燈火は消えず」アナスタシア・ツァン監督

「燈火は消えず」アナスタシア・ツァン監督

2024.1.31

中年女性の孤独 失われる香港の伝統に重ねた 「燈火(ネオン)は消えず」 アナスタシア・ツァン監督

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

鈴木隆

鈴木隆

香港の象徴の一つだったネオンサインが消えつつある……。帰らぬ人となった腕利きのネオン職人の夫ビルを思い、彼がやり残したネオンサインを完成させようと奮闘するメイヒョンと、ビルの弟子である青年レオの物語だ。ネオンはただの明かりにあらず。香港と香港人の希望と夢、ぬくもりが息づいているのだ。


女性の喪失感と失われゆくネオン

アナスタシア・ツァン監督の長編デビュー作である。当初はネオンサインの映画を撮ろうとしたのではなかった。「周囲にいる先輩の女性たちが、パートナーを失ったり子供が大きくなって家を出て独立したりと、晩年を迎え孤独になってしまった。女性の多くは全人生を家庭にささげていた。この状況を物語として表現したい」。それが始まりだった。「ただそれだけでは香港映画としてもの足りない。映像的に香港を象徴するものがほしかった」
 
至るところに足を運んでリサーチしたが妙案は浮かばず。最後に偶然、消えゆくネオンの存在に出合う。「世界中の人が香港のネオンの美しさを知っている。過去の香港映画でもネオンはバックグラウンドとして登場した」。ネオンの奥深い世界を次第に理解する。テーマは〝喪失〟と導き出す。「香港では派手なネオンがはずされ、取り壊され、失われている。その一方で、最愛の人を失う出来事に直面する女性たちがいる。共通点を取り込んで撮れば面白い物語を構築できる」。映画の骨格が固まった。
 

「燈火(ネオン)は消えず」© A Light Never Goes Out Limited. All Rights Reserved.


コロナ禍の暗さ 往時の輝き

メイヒョンやレオ、メイヒョンの一人娘で海外移住を考えているチョイホン。登場人物それぞれの孤独と、ネオンの持つ温かさや安心感が、対照的なアクセントとなり物語をけん引した。「撮影当時はコロナがまん延していて街は真っ暗、ひと気がなかった。夜は街全体が死にかけているようだった」。映画の中の現在を映した映像はダークなイメージで、黒や灰色が支配している。
 
「それに対し過去の映像にはたくさんのネオンが登場して色調も明るく、希望が見えてくる演出に徹した。今の香港が直面している経済や社会、香港人の気持ちを、映像とその色調を通して表現しようと考えた」。コロナ禍で100年続いた老舗が倒産したり、昨日あったネオンが今日は壊されていたりと、香港各所で経済の低迷に見舞われていたからだ。
 
実際のネオンの映像でも苦心した。「工夫して撮った素材の色調を調整したり工夫したりして、ようやく映画の映像を作り上げた」。出来上がったネオンの映像はあでやかでまぶしい。「ネオンの持つ温かみ、希望が徐々に見えてくるという考えをベースに演出した。それらはすべて、撮影に入る前に構想を立て入念な準備の下で行うことができた」と語った。


 

伝統継承の後押しに

実際、香港の人にとって夜景、ネオンとはどんな存在なのか。「香港での公開時に面白いことがあった。ネオンが壊されたり、減ったりしていることに、多くの人は無関心だった。意識して街を歩いてようやくそれに気づいたというのだ。観客は次第にネオンについて関心を持ち始め、保存すべきだと言う人が増えていった。新聞などのニュースで有名な看板が撤去されると報道されると、たくさんの人が集まってやめるように求めるなど、意識が変化していった」
 
改正された法律では一定のサイズ以上のものは全部取り壊す方針という。「最近は店の人たちが大きな看板を壊して、そっくりだが少し小さめの看板を作って掲げているらしい。ネオンが別の形で再現、再製作されて新たな価値を伝承しているという発見もあった」と頰を緩めた。この映画自体が保存の一助になったようで「その点でも撮れたことを誇りに思っている」と付け加えた。


大スター2人が出演を快諾

円熟の夫婦を演じたのは大スターのシルビア・チャンとサイモン・ヤム。昨今は主人公が10代、20代の映画が大半だが、本作は中高年の夫婦が主人公で、その夫婦愛が映画の軸、見どころにもなっている。「商業映画の場合、中高年をテーマにするとあまり魅力的には感じないかもしれない。しかし2人は有名な映画スターで観客をひきつける魅力があり、さらにネオンも香港を代表する要素。とてもラッキーだった」と振り返った。「2人が役を引き受けてくれるか自信はなかったが、『脚本も物語も好きだ』と早々に快諾してくれた」という。
 
監督として快調な滑り出しをみせたツァン監督が謙虚に語る。「この映画を完成できたのが私にとって最大の収穫。撮り方などすべての経験が次につながる」。今後の方向性を聞いてみると「香港の映画市場は小さいので、いかにより多くの観客を獲得できるか常に考えている。私の仕事は創作そのもの。今は一つ一つ丁寧に作ることが大切だ。より良い物語のために自分に何ができるかにこだわっていく。香港だけでなく、日本や東南アジア、ヨーロッパでも新しい映画を形にしていきたい」と次作への夢を膨らませた。

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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