「ボーはおそれている」のアリ・アスター監督=宮間俊樹撮影

「ボーはおそれている」のアリ・アスター監督=宮間俊樹撮影

2024.2.15

鬼才が「必要以上の自由」を手にしたら……アリ・アスター監督のぶっとび怪作「ボーはおそれている」

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勝田友巳

勝田友巳

「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」と怪作を連打したアリ・アスター監督の新作「ボーはおそれている」。当人は「これはホラーじゃない。コメディー」と言い、確かに笑えるものの、その笑いは痛いしグロい。恐るべき3時間。来日したアスター監督、人気と期待を集めて連日の取材漬け。さすがにお疲れの様子だったものの、摩訶(まか)不思議な脳内をチラリとのぞかせた。



プロデューサーは不安だったかも

主人公ボーが母親に会いに行く旅なのだが、映画はのっけから全部ヘン。ボーが住むアパートのある一角では、あちらでは殴り合い、こちらには薬物中毒者がフラフラし、路上に遺体が横たわる。ボーは怪しげな追っ手を全速力で振り切ってアパートに駆け込まねばならない。暴力に囲まれ荒廃した一角、これって現代社会のカリカチュアですか。「いやいや、ドキュメンタリーのつもり。世界はひどいことになっているよ」

こんなの序の口。このあとボーは素っ裸で路上に飛び出し、車にはねられ殺人鬼にめった刺しにされる。第2章では親切そうに見えた家族に脅かされ、第3章の森の中で奇怪な舞台劇を目撃する。第4章の異様さは、もはや見てもらうしかない。「プロデューサーは尺について文句を言ったけど、好きにやらせてもらったよ。自由は必要以上にあったのかも。やりたいと言ったことが実現するにつれて、プロデューサーは心配になったんじゃないかな」


「ボーはおそれている」©2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

アイデアが育つ植物……?

よくぞこれだけ支離滅裂なアイデアを思いつくものだ。その源泉はどこにと聞いたら「実はアパートに珍しい特別な植物があって、アイデアが育つんだ。その葉っぱを摘んでいる。肥料は悲しみ」。

「不安についての映画だけど、ホラーじゃなくてコメディー。神経症的で悪夢的で、ものすごく暗くて、そしておかしい。脚本を書いている間中、自分を笑わせようとしていた。想像力を駆使して、自分の精神を深く正直に探求してアイデアを見つけるんだ。ただぼくの感覚は特別だから、自分ではおかしいと思ったところでも観客に引かれてしまうかもしれないけど」


ホアキンのバランスが絶妙

ボーは、次々とイカれた人たちと遭遇し、理不尽な仕打ちや暴力を受けながらひたすら逃げてゆく。極度の怖がりで神経症的だが、唯一まともでもあって、それ故に振り回される。ホアキン・フェニックスが、終始おびえながら精いっぱい正気を保とうとするボーを怪演。「極端な話だから、ボーは地に足が着いていて、本当の人間らしくなければいけなかったんだ。ホアキンはちょうどいいバランスを見つけてくれた」。現場では質問攻めにされたそうだ。

物語の核にあるのは、ボーと母親とのねじれた関係だ。アスター監督の作品にはおなじみのモチーフ。「改革派ユダヤ教的なんだ」とか。「神様の代わりに母親がいて、すべてを支配している」。「継承」でも「ミッドサマー」でも、背景に家族との葛藤があった。「家族は一番近い存在で、しかも千差万別。探求しがいがある。自分のモチーフの中心にあって、繰り返しているのかも。次の作品で、もっとはっきりするかもね」


日本大好き 歌舞伎と能にびっくり

日本びいきで、映画の第3幕は歌舞伎や能を独自の解釈で取り込んだ。ここまで言葉少なだったのに、日本の印象だけは能弁だった。
 
「歌舞伎や能には驚かされた。訓練された役者の動き、衝撃的な音楽。色遣いはやり過ぎぐらいケバケバしいけれど、美学的に裏付けられている。舞台の構図も絵画的で、役者の立ち位置が変わると違う絵になるようだ。幕の向こう側に人がいて、開け閉めするのも面白い。日本はいつ来ても刺激的だ。東京は大きいのに静かで平和。米国は攻撃的で、いつも肩をつかまれて揺さぶられてる気分になるけど」。今回は2週間も滞在し、日本中旅行したとか。
 
とにかく情報量が多い。画面の隅々まで、意味ありげな小道具が配され仕掛けが施されている。読み解くために何度も見ないと。「そうしてほしいね。画面に見えるものが全てだったら、映画は面白くないでしょう。一つ一つめくって深掘りしてもらいたいよ」。物語の唐突な終わりも衝撃的だが、その後のクレジットタイトルも型破り。「この映画が終わった後の客席の反応のつもり。誰も拍手してない感じ」とニヤリ。茫然(ぼうぜん)自失、間違いない。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

宮間俊樹

毎日新聞写真部カメラマン

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