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2024.7.14
「子供時代の幸せな思い出を」 英国労働者階級の父娘描く「スクラッパー」シャーロット・リーガン監督
ロンドン郊外のワーキングクラスが多く住む街を舞台に、不器用な父娘を描いた映画「スクラッパー」。10代からミュージックビデオの監督として活躍してきた、シャーロット・リーガンによる長編初監督・脚本作品で、サンダンス映画祭や英国アカデミー賞でも称賛された。リーガン監督は「イギリスの貧困層やワーキングクラスの暗い部分ではなく、ハッピーな時間を描きたかった」と語った。
独り暮らし12歳少女の前に現れた〝父親〟
母を亡くした12歳のジョージーは、母との思い出が詰まったロンドン郊外のアパートに独り暮らし。大人顔負けの話術と図太さで近隣やソーシャルワーカーの介入や詮索をかわし、親友アリと自転車を盗み転売して日銭を稼いで生きている。そんなジョージーのもとにある日突然、父親だと名乗る金髪の男ジェイソンが現れる。ジョージーは母を捨て育児から逃げた父を許せず複雑な気持ちを抱くが、2人はぎこちないながらもともに時間を過ごしていく。
リーガン監督がこの作品を長編1本目に選んだのは、「ちょうど父や祖母らが亡くなった悲しい時期で、若い時に同じ経験をしたらと思いをはせたから」。冒頭にジョージーは「私は自立しているから大丈夫」と言い張るが、「イギリスのワーキングクラスの子供たちは、自分で自分を育てるというか、早くから自立しないといけない状況がある。親が不在で友達と成長していく側面もある。その過程や時間に関心があった」。
自身の育った環境から題材
リーガン監督自身がワーキングクラスの環境で育ち、自然とアイデアを得たという。「イギリスのワーキングクラスの映画は、少し灰色がかっていて暗い感じのものが多いが、私の思い出とは全く重ならない」
住宅も、ソファなどの調度品もカラフルな色の物が目立つ。心象風景を具体化したからだ。「ロケ地を見た瞬間に、壁を塗って明るい色合いにしようと考えた。近隣の方には迷惑をかけてしまったけれど」。一部だがカメラが激しく揺れる映像にも驚かされる。「子供に寄り添った映像を見せたかった。子供は感情の起伏が激しくて、お菓子を食べて友達と騒いでいたかと思うと、急に落ち込んだりする。ジョージーもそのタイプで、しかもそれをうまく表現できない。撮り方やカメラの動きで心情を映したつもりだ」と話す。
子供の視点を大事にすることを根底に置いた。その理由をこう説明する。「ワーキングクラスや若者を描いた映画は、そのコミュニティーを客観的に捉えようとしていても『奮闘する姿は大変そう、でもかわいらしい』と見下しているような感覚があった。そうした視点は決してとらないと心に決めた」という。
ジョージーの感情的な面は、そのまま表現するように心がけた。「例えば、ジェイソンを追って駅に行く場面では、ジョージーの内面が感じられ、彼女の気持ちに観客も没頭できるようにしたつもりだが、果たしてうまくいったか。観客に伝わっていればいいのだが」と少し首をかしげながらも笑顔を見せた。
ただただ楽しかったあのころを
同じ英国のケン・ローチ監督が、社会システム上の課題や労働者階級の厳しい生活を描くのとは一線を画す。ジョージーの家族の関係性が複雑でも、そうした問題にストレートに触れることはない。「ジョージーと同じ年だったころの自分を覚えている。貧しくても友達と遊ぶ時間がただただ楽しかったし、自分の人生もコミュニティーも嫌ではなく毎日を楽しんでいた。育っていく過程で他の階級の生活を見て考え方が変わることもあるかもしれないが、楽しく暮らしていたことを描きたいと思ったし、そうした感覚で撮りたかった」というのだ。
ジョージーが壊れた部品を集めてきて自転車を修復する場面がある。不器用で感情をうまく伝えることができない父親と娘が、関係を少しずつ構築していくことと重なる。「(人の)壊れた部分を受け入れるのも、映画のテーマの一つ。しっかりしている親は、ジェイソンみたいなダメージのある親よりもいいのか」
ジョージーもジェイソンも世間的には〝立派〟な人ではない。それでも2人の描き方は柔らかく、フワッとしている。「それは、きっと私がこのキャラクターを好きになってしまったから。最初はもう少し暗い話の展開もあったのだが、脚本を書いて撮っていくうちに、彼らをつらい目に遭わせたくないと思ってこういう物語になった」と笑みを浮かべた。