誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2024.11.20
フェイクニュースと陰謀論を疑似体験「エンタメ通してワクチンに」「フィクショナル」
「フィクショナル」は、ネットの世界を席巻しているフェイクニュースや陰謀論をテーマにした映画だ。プロデューサーを務めたのは、ホラー系のフェイクドキュメンタリーの新たな作り手として注目されるテレビ東京の大森時生。大森は「人はなぜ心が動き、陰謀論にはまっていくのかに興味がある」と話す。
1話3分の配信ドラマ
「フィクショナル」のメガホンをとったのは、大森とここ数年、フェイクドキュメンタリーを作ってきた酒井善三監督。フェイクドキュメンタリーでは手持ちカメラや監視カメラの映像を多用してきたが、今回は固定カメラで撮った。「酒井監督の持ち味が一番出るのはドラマや映画的なもの。最大限に力が発揮できる形で一緒にやりたいと以前から思っていた」と大森。
テレ東が参入を決めた1話3分のショートドラマ配信アプリ「BUMP」用のコンテンツとして制作を決定。9月に全30話の配信が始まった。ただショートドラマの場合、1話ごとに視聴者を引き込むような場面が必要だが、「見たことがないので、あまり気にせず作って、それを3分ごとに分けてみた」という。そのため完成した時、「どう考えても1本の作品にした方が面白いと思った」と大森は笑う。
「作品がきちんと生きる場所で流したい」と模索したところ、上映してくれる映画館が見つかった。10月に、まず先行してテレ東でドラマ版(各23分の前後編)を放送。11月に映画版(70分)を東京・下北沢のシモキタ-エキマエ-シネマ「K2」などで上映している。
「フィクショナル」©テレビ東京
虚実の境目に落ちた映像制作者
主人公・神保(清水尚弥)はうだつの上がらない映像制作者。憧れの先輩、及川(木村文)から誘われ仕事を手伝うが、それは怪しいディープフェイク映像の制作の下請けだった。自身の仕事が社会に巻き起こした深刻な事態に責任を感じた神保は、精神のバランスを崩し、虚実の境目に落ちていく。一体、何が現実で、何が妄想なのか、分からない世界が展開されていく。
「神保の中で心が崩壊するタイミングがあって、虚構と現実が入り交じってしまう状態が起こる。(見ている側も)どこまでが神保の妄想で、どこからが現実に起こっていることか、完全に境目がなくなり分からなくなる。ただ僕は、神保にどう見えているかということだけが大事だと思っていて、どこまでが現実かと考えなくても楽しめると思う」
大森も酒井監督も「現実と虚構の淡い境界」に強い関心があるという。テレ東で2022年に放送された「テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?」などのフェイクドキュメンタリーでそうした境界の表現を追求してきた。「虚構と現実の境目に落ちた人がどういうふうにバランスを崩していくかに、フェイクドキュメンタリーの経験が生かされたんじゃないかな」
「選択」を迫られる世界で
生成AIの進化で真偽がはっきりしないフェイクニュースがネット上にあふれている。それでも、私たちはこの世界の中で「選択」して生きていかないといけない。
「そもそも、神保がこの事態に至ったのは、映像作家から仕事を紹介すると提案されていたのに、淡い恋心から過去に憧れた先輩の誘いを選んだ結果。神保は分からなくなりながらも何かしら行動していくし、最後まで選択を迫られる。僕の中に、分からない状態でも道を選んで進んでいかないといけないという気持ちがあって、その感覚が映画の中に投影されている面があるかもしれない」
フェイクニュースや陰謀論といったテーマより、「のろい」のようなオカルトっぽいものの方が見ている人の反応はいいと感じているという。「フェイクニュースや陰謀論は身近すぎて、エンタメとして面白がれないところがあるんでしょう」と類推する。
ウイルスのようにはびこるフェイク
それでも今回は自分たちが好きなフェイクニュースや陰謀論をテーマに選んだ。発信者の姿が見えないフェイクニュースは、まるでウイルスのように変異しながら拡散していく。それらに触れ続けることで、現実と虚構の境界をさまよう人は生まれる。日本でも、事態はシビアになりつつある。
「現実にいろいろな問題が起こっていて、深刻な問題も多い。エンタメとして楽しみづらいという人が多いのも確か。でも僕はエンタメとして楽しんでしまうタイプ。こうした問題をエンタメとして楽しむことが、ある種、ワクチンになると思っている」と大森は語る。