「弟は僕のヒーロー」の原作・脚本、ジャコモ・マッツァリオール=田辺麻衣子撮影

「弟は僕のヒーロー」の原作・脚本、ジャコモ・マッツァリオール=田辺麻衣子撮影

2024.2.01

ダウン症の子どもがいる家族 笑いとともに 「弟は僕のヒーロー」 原作・脚本ジャコモ・マッツァリオール

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鈴木隆

鈴木隆

ダウン症の弟ジョーを持つ高校生のジャックを主人公に、家族それぞれの奮闘を盛り込んだ本作。いわゆる難病ものの悲しみにあふれた映画というより、ジャックが大人になっていく成長の過程をストーリーの中核に据えた、青春映画になっている。ベネチア国際映画祭で上映されるなど、各国で評判を呼んだ。原作者で脚本も担当したジャコモ・マッツァリオールが、自身の家族をモデルにしたという。


差別や苦悩も明るいトーンで

障害者を題材にした映画は、家族や本人、友人らも含めた葛藤がつづられることが少なくない。見る側も心してその世界に入り込む。しかし、本作は差別や苦悩は描かれていても、全体のトーンが圧倒的に明るい。「映画も原作の小説と同様に、見てくれた人がポジティブな気分で帰れるようにしたかった。危機的な状況が描かれても、最後には打開策がみつかり、兄弟が意思を通わせて解決する。紆余(うよ)曲折を経て到達した愛を描きたかった」
 
映画化の意図は明確だった。「こうした題材はどうしても重くなり、悲しみを語るトーンになってしまいがちだが、そうするとより多くの人々の意識には届きにくい。実際に障害を抱えている人や、身近にいる人にしか響かない。コメディーやドラマの形態をとることで、(障害を)身近に感じていない人にも軽やかに届けたかった」。脚本にはコメディーが得意な作家も加わった。「ぼくらの父親がとにかく面白い人なので、コメディータッチになったのは必然だった」と笑顔で語る。


「弟は僕のヒーロー」@COPYRIGHT 2019 PACO CINEMATOGRAFICA S.R.L. NEO ART PRODUCCIONES S.L.

恥ずかしく思った気持ちも素直に

2015年、高校生だったマッツァリオールが、ダウン症の弟を主人公にした5分半の短編「ザ・シンプル・インタビュー」を投稿。これが話題となってのちに小説として出版され、映画化に至った。映画も、高校時代の経験がベースになっている。「100%実際にあったことではないが、描かれる感情は自分が体験したもので、より分かりやすくしたつもり」。ジャックが(ダウン症の)弟を恥ずかしく思う様子も丁寧に描写。「兄弟を恥じる感情はだれでも起こるし、その葛藤は思春期ならなおさら。そのせいかヨーロッパでは若い人たちに評判がよく、日本でもぜひ若い人に見てもらいたい」
 
「ザ・シンプル・インタビュー」



当時の自分と弟を映画にしたことで改めて感じたことはあったのか。「社会的なテーマを含んだ物語も、こういう形で語りうるという可能性を見いだした。美しく飾り立てるのでも過度に深刻化するでもなく、といってナイーブにとらえ過ぎるでもなく、普通だったら目をそむけたくなることを見せられる。見てくれた人たちから『今まで言えなかったが……』とか『初めて話す気になった……』という反応が多くあって、映画の力を実感した。シンプルな物語だが、繊細な感情の動きも表現できていた」

余談だが、インタビュー中にこちらの質問を必ずメモしているのに驚いた。考えながらじっくり答える。ユーモアもあるのだが、正確に誠実に答えようとする姿が最後まで続いた。

〝悪い人〟じゃなくても持っている

もう一つ、映画で表現したかったことがある。障害者への差別や偏見は、さりげない形で現れるということだ。例えば、障害を持つ子どもが生まれた親に「残念だったね」と声をかけたり、ダウン症の子は知的障害があることを前提に話したり。「こうした言葉や状況は現実にあって、これらも差別だ」

「差別や偏見はジャック自身の中にもある。誰もが多かれ少なかれ抱えていることだと言いたかった。差別や偏見を持っているのは〝悪い人〟だけという見方はしたくなかった」。物語の中でも、ジャックは、内面から出たウソをつく。「その時々の状況や感情が差別や偏見を誘発する可能性があることも、伝えたかった」と話した。


インクルーシブな社会へ

この作品、家族の群像劇の趣も強い。家族がジョーにどう接し、ジョーがどのように成長してきたかを表現するのも「映画作りの目標の一つ」だったという。ジョーのせいで問題が起きるし、それを解決するために家族は知恵を出す。「ジョーがいるから家族の仲がいい」という父のセリフがあるほどだ。ただ自身は大人になり、批判的な見方もできるようになったという。「障害者を抱えていることに、家族が責任を負いすぎている。息が詰まると感じることもある」

「イタリアでは、障害者の両親が亡くなった後はどうするか、誰が責任を負うかが問題になっている。単純に考えれば、きょうだいなど近親者ということになるが、個人的には国家が責任を持つべきだと思う。近親者が責任を負うにしても、それぞれの意志による。僕の場合も、今は弟と一緒にいたいと考えているが、これから先は分からない」。イタリアにも、グループホームのようなところで共同生活するケースもあるという。

現時点でのマッツァリオールの考えはこうだ。「弟と24時間一緒にいることはできない。イタリアには、インクルーシブ(障害の有無や国籍、年齢などに関係なく認め合い共生できる)社会を目指すカルチャーがある。それが取るべき道という気がする」


「弟のテーマは恋のようです」

最後に弟の近況を教えてくれた。「ビデオをご覧ください」と見せてくれたスマホには、「日本でも本が出版され、映画が公開されてうれしい」と元気にほほ笑む姿が映っていた。Youtubeで見た「ザ・シンプル・インタビュー」よりずいぶんと大人びていた。「弟もすごく変わった。今はウエーターとして働き、仕事のストレスも抱えている。私たちと同じです。両親と生まれ故郷に住んでいる。今の彼のテーマの一つは恋のようです」

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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