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2023.4.03
長澤まさみと初共演 対決場面は「打ち合わせなし。目が頼り」松山ケンイチ 「ロストケア」
高齢者介護の問題に真正面から切り込んだ映画「ロストケア」が全国公開中だ。今や65歳以上の高齢者が人口の3割近くを占める。現在社会のひずみや家族関係、人間の尊厳など重厚なテーマを内包している社会派エンターテインメント作品。主演の松山ケンイチは「誰もが向きあわないといけない問題」、前田哲監督は「日本の現状に警鐘を鳴らしたい」と作品への熱い思いとともに話した。
42人殺害 「殺人」か「救い」か
葉真中顕の日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作の映画化。民家で老人と訪問介護センター所長の死体が発見される。所長が勤める介護センターの介護士・斯波宗典(松山ケンイチ)が捜査線上に浮かぶが、彼は介護家族から慕われる青年だった。検事の大友秀美(長澤まさみ)は、斯波が働く介護センターで老人の死亡率が異様に高いことを突き止める。
前田監督が原作を読んだのは、2013年。松山とは「ドルフィンブルー フジ、もう一度宙へ」(07年)で組んで以来、また一緒にと連絡を取り合っており、「読んでみて」と勧めたという。「すぐに読んでくれて『映画にしたいね』と話し合った。シナリオ改稿の度に送り、2人でキャラクターを造形した。20稿以上になった」
松山は「自分もいつかは死ぬし、介護する側、される側になる。愛情のある家族や夫婦がなぜこうならなければならなかったのか考えるべきだと思った」と、作品の意義を語る。介護を自身の問題として捉えて撮影に臨んだ。
斯波は42人の殺害を認めるが、大友に自分がしたことは「殺人」ではなく「救い」だと主張する。斯波は抑揚のない淡々とした口調で話し始める。松山は「斯波の遺書だと思って演じた。斯波は自分が死刑になることを分かっていて、彼の最後の言葉として残したかった」。斯波は静かに緩急も付けず、達観しているように話す。「声を荒らげるというのは何かが刺さった時に出てくる感情。斯波はその以前、42人を殺す時に自問自答している」
「ロストケア」©2023 「ロストケア」製作委員会
初共演の長澤まさみとは「目が頼り」
大友が斯波を取り調べる場面は緊迫感にあふれ、見どころの一つだ。「長澤さんとは初共演で、斯波と大友も初めて会う。せっかくだから、一切話をしないで演じようと思った。僕は長澤さんにヒントを渡していないし、僕も受け取っていない。何を頼りにするかというと目しかなかった」
2人の内面を反映した目の動き、言葉の強弱が多くを語っていく。演技に定評のある松山、長澤の力量が発揮される。前田監督が説明する。「この作品は、リハーサルはしないし、テストは少なく、一発本番もあった。それが結果的にも良かった。2人の芝居、リアクションが、張り詰めた緊張感とともに作品をけん引した」
「ロストケア」©2023 「ロストケア」製作委員会
「プロ中のプロ」前田監督の確信
前田監督には確信があった。「プロ中のプロの2人。この2人なら映像から浮かび上がるものが完璧に撮れる。俳優の顔と魂、生きた言葉が撮れれば映画は成立する。つまり、観客に届く。映画の基本は人間を撮ることだから」
松山には作品を知ってから10年分の蓄積があり、前田監督は「現場で話すことは少なかった」と言う。長澤とは「秘密を抱えた難役、ワンシーンごとに話をし、見事に演じ切ってくれた」と称賛した。「2人が集中できる場を作るのが演出。2人の芝居を撮りきるのが今回の僕の基本テーマだった」
「ロストケア」©2023 「ロストケア」製作委員会
もう一つ、対決がある。斯波とその父(柄本明)の壮絶な描写だ。斯波は認知症が進み、体が動かなくなった父を介護するが、生活は破綻し、父は死を懇願する。前田監督は「親子の愛の物語でもある。親が子を思い、子が親を思う」。心をわしづかみにされる場面の連続だ。斯波と父の場面はスタッフも号泣。「魂が震える名場面になった」
「当事者に嫌な思いをさせない」
作品が描く介護の問題は、そのまま現実につながっていく。前田監督がもっとも意識したのは「介護に携わっている人が見たときにどう感じるか。僕は所詮、外部の人間。どの映画を作るときも当事者に嫌な思いをしてほしくない」。「ブタがいた教室」(08年)、「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」(18年)など過去の作品でもこの点にはこだわってきた。
前田監督は「斯波は施設利用者41人を殺す時、いつも父を殺した苦しさを思い出している。厳しい内容だが、原作の言葉の数々が胸に刺さった。より多くの人に届けたい」と語る。松山も「自分の知らない世界だった、人生の終わりをどう迎えるのが良いか考えるようになった。自分のこととして捉える機会にもなった」と自身に引きつけて演じたという。