「陰陽師0」の佐藤嗣麻子監督=田辺麻衣子撮影

「陰陽師0」の佐藤嗣麻子監督=田辺麻衣子撮影

2024.4.28

「まばたき禁止」耐え抜いた山﨑賢人 人間離れした安倍晴明に 「陰陽師0」佐藤嗣麻子監督

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鈴木隆

鈴木隆

夢枕獏が「心の底から感動した」と圧倒的な賛辞を贈った「陰陽師0」。「エコエコアザラク」「K-20 怪人二十面相・伝」「アンフェア」など大ヒットエンターテインメント作品を連発してきた佐藤嗣麻子監督の念願の企画。満を持して映画化に取り組んだ。

呪いやたたりから都を守る陰陽師の、学びやであり行政機関でもある「陰陽寮」が政治の中心となっていた平安時代。青年・安倍晴明は天才と呼ばれるほどの呪術の才能をもっていたが、陰陽師になる意欲も興味もない人嫌いの変わり者だった。ある日、彼は貴族の源博雅から、皇族の徽子(よしこ)女王を襲う怪奇現象の解明を頼まれる。晴明と博雅は時に衝突しながらも真相を追うが、ある学生の変死をきっかけに平安京を巻き込む陰謀に巻き込まれていく。夢枕獏の小説「陰陽師」シリーズの登場人物の若き日を描いた、オリジナルの物語だ。


名付け親は拝み屋さん 佐藤嗣麻子監督

夢枕獏とはプロの監督になる前からの知り合い。佐藤監督が19歳の頃に夢枕のファンの集いに参加していた。当時連載が始まった「陰陽師」を読んだことが晴明や博雅を知るきっかけになった。佐藤監督は当時から「陰陽師は日本のファンタジー映画になりうる」と長年構想を温めてきた。

「『ゲド戦記』や『指輪物語』などファンタジー小説が好きで、『指輪物語』も映画化したかったのに、ピーター・ジャクソン監督に先を越された」。ジャクソン監督とは1993年のアボリアッツ国際ファンタスティック映画祭で一緒になったという。ジャクソン監督は「ブレインデッド」、佐藤監督はデビュー作「ヴァージニア(Tale of a Vampire)」を出品した。

子供のころからSFが好きだった。インタビューは読書遍歴から始まった。「特に魔法もの。妖精が出てくるような本ばかり読んでいた」。「デューン 砂の惑星」は小学5年生で、中学生になると大藪春彦や平井和正に夢中になり、高校生になって夢枕獏を読み始めた。ほかにも笠井潔、ジョルジュ・バタイユ、シモーヌ・ベイユ、インド哲学と読書の幅は広い。

呪術にも、ずっと関心があった。「私の名前は不動明王の〝拝み屋さん〟がつけてくれた」。拝み屋さんとは、個人の宗教家で祈とうやおはらいをする人。「祖母にそういう傾向があったし、近所にもいて、神様はどう見えるのかとか教えてもらった。官僚ではない〝野良陰陽師〟とでもいうような人で、今でもたくさんいます」


「陰陽師 0」©2024 映画「陰陽師 0」製作委員会

晴明と博雅 関係性を大切に

「『陰陽師』は絶対撮りたい作品だった。陰陽師のやっていたことは、ものすごくうさん臭い。身分は低いが、災いだ、たたりだと恐怖をあおり、自分ではらう。マッチポンプのようなことをやっていた人たち。見えないものを操ることで帝や政治を操っていた。そのうさん臭さは、現代の政治にも通じるところがある」

とはいえ原作シリーズは、滝田洋二郎監督が野村萬斎主演で2作、映画化している。「ドラマや舞台、ゲームにもなっていて、すでにおなかいっぱい。陰陽師になる前の学生(がくしょう)の時代に興味を感じていたし、調べたら陰陽寮はめちゃくちゃ面白い」。原作小説でも少し触れられている陰陽師の学校を舞台に、シリーズではおなじみの晴明と博雅が活躍する。

「獏さんの小説の晴明は40歳ぐらい。博雅との関係性もつながらないといけない。そこは崩さなかった」。原作では2人とも天才だ。「博雅は自分の音楽の才能に気づいていない。一方晴明は自覚していて、博雅の才能も承知していた。晴明の弱点は博雅だが、最終的にはいつも博雅に救われる。この関係性が面白かった」


若さ故の未熟さ 悟ってたらつまらない

一方で、若さゆえの未熟さも織り込んだ。「40歳の晴明は感情的に微動だにしない。でもこの映画では、失敗して葛藤し、怒ったり泣いたりする。悟った晴明ではつまらない。映画的にも主人公はそういう面が見えた方が面白い」と笑顔を見せた。

暗示と思い込みを前面にだして話を作りあげた。「それが呪術の本質。呪は人の思いから生まれる」と思い、ほどほどいい感じで物語に組み込んだ。「結局みんな、暗示とか思い込みに左右されてしまう」

晴明はNHK大河ドラマ「光る君へ」にも登場し、宮中の陰謀に加担しているが、この映画ではある程度は正義の人として、ヒーロー的な活躍を見せる。ただ、陰陽師になりたいとは思っていない。「うさん臭い人になりたいと思っていないということ」。ただ史実では、70歳を過ぎてから出世している。「結局はうさん臭い人物だったと思います」


演出法はロンドン仕込み

演じた俳優についても歯切れのいい答えが返ってきた。「晴明は人間離れしていて、登場人物の中で一番生身っぽくない。晴明は家にも帰ってないし、ご飯も食べてないかもしれない。山﨑賢人さんは生活感がなくて、そんな雰囲気を出してくれた」。具体的にどんな要求をしたのか。「まばたきをすると人間らしく見えてしまうので、できるだけしないようにお願いした。山﨑さんはものすごく練習して、最後の方ではほとんどしなかった。そのあたりもよく見てください」

俳優への指導や演出法は海外仕込みだ。20代で「ロンドン・インターナショナル・フィルム・スクール」に留学。「演出方法は、日本のやり方とは少しちがうかもしれない。言うべきことははっきり言います。今回はなかったが感覚に訴えたりする演出もします」

映画作りの始まりはどこか聞いてみた。「絵が浮かんできて、リサーチが始まる。脚本は頭にあるシーンを書き写すだけ」。脚本を書いている段階でカット割りはほぼできているという。「でも、ロケハンしてイメージと違ったり、もっと面白かったりしたら変える。なるべく理詰めでやらないようにしている」


お客さんが楽になれるエンタメを

ゆうばり国際ファンタスティック映画祭での、クエンティン・タランティーノ監督との会話を思い出してくれた。「『レザボア・ドッグス』は毎日8時間ぐらいリハーサルをして、実際の撮影は2週間だったと言っていた。撮影は工場だからと。私もそう思う。準備をきっちりやって、撮影ではあまり悩まない。ヨーロッパのスタイルで、アメリカでもそうかもしれない。今回もリハーサルは随分やった」

1992年の監督デビュー以来、エンターテインメント作品を撮り続けてきた。「私が見たいのは、仕事で疲れて映画館に入って、何も考えないで『あー、面白かった』っていう映画。映画館は別の世界に連れて行ってくれる場所で、生活臭がなく、実際の社会ではないものを見たい。人生について考えるなら本を読めばいい。人を殺して悩むような話なら、ドストエフスキーでいい」。映画監督になった当初から考え方は変わっていない。「お客さんに苦しんでもらいたくない。暗い思いを感じる映画ではなく、見てる人が楽になってほしい」

90年代から撮っている女性監督は極めて少なく、エンタメ作品を撮り続けている女性監督はさらに少ない。「それは多分、予算の問題が大きいのだと思う。予算がちゃんとあればエンターテインメントも作れる。でも私は予算がなくても『エコエコアザラク』とか作ってましたよ」

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
田辺麻衣子

田辺麻衣子

たなべ・まいこ 2001年九州産業大学芸術学部写真学科卒業後スタジオカメラマンとして勤務。04年に独立し、06年猫のいるフォトサロンPINK BUTTERFLYを立ち上げる。企業、個人などさまざまな撮影を行いながら縁をつなぐことをモットーに活動中。

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