「五香宮の猫」の想田和弘監督

「五香宮の猫」の想田和弘監督宮本明登撮影

2024.10.25

猫が問いかける「住みよい世界とは?」 観察映画「五香宮の猫」 想田和弘監督

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勝田友巳

勝田友巳

「五香宮の猫」は、想田和弘監督による10作目の〝観察映画〟だ。想田監督が3年ほど前に移住した、岡山県・牛窓の〝猫神社〟に集まってくるたくさんの猫たちが主人公である。しかし画面に映るの猫たちばかりではない。その向こうに、世界のありようが見えてくる。

観察映画は、事前取材なし、ナレーションや説明を挟まない、など想田監督が決めた「十戒」に従って作るドキュメンタリー。「製作のきっかけは、いつも成り行き」で、今回は想田監督の妻、柏木規与子が野良猫の保護活動に携わったことからカメラを回し始めた。



NYから岡山・牛窓に移住

牛窓は瀬戸内海に面した集落で、現在は瀬戸内市の一部となっている。想田監督は長年ニューヨークを拠点に日本で映画を作ってきたが、12年ほど前に牛窓を訪れ、その後この土地を舞台に「港町」(18年)、「牡蠣工場」(20年)と2本の観察映画を撮影。すっかり気に入ったものの、生活と仕事の場を離れられず「後ろ髪を引かれる思い」で米国に戻っていたのだという。20年に帰国中、コロナ禍で米国に帰れなくなって牛窓を訪れ、ついに移住を決意した。「映画を作って世界に送り出すのに、住む場所は関係ないですから」

五香宮は牛窓にある古い神社で、たくさんの猫がいる〝猫神社〟として一部に知られていた。「柏木が地域猫の捕獲、避妊手術を手伝うことになって、カメラを回し始めました。2、3日張り付いていると、いろんな人がいろんな理由で出入りしていることが分かった。猫の世話をしたりガーデニングをしたり。草刈りをする人もいれば、子どもの遊び場でもある。神社は誰もが入れる、不思議な公共性がある場所なんです」


「五香宮の猫」©︎2024 Laboratory X, Inc


意見の相違を「確認する」共同体の知恵

猫を巡る姿勢もさまざまだ。癒やしを求めて五香宮に通う人、猫の保護活動を行う住民たち、ふん尿被害を訴える人もいる。映画はそうした共同体の姿をありのままに記録している。町内会の集まりでは、猫の処遇を巡って意見の相違もあらわになる。ただ言い合いやケンカにはならず、話し合いは終始、穏やかだ。「相手を論破してやり込めるのではなくて、違いを確認する。それは共同体を維持する、伝統的な知恵かもしれないですね」

牛窓では猫に避妊、去勢処置を施しながら保護し、自然に減っていくのを待つという対処法がとられている。病気や寒さ、事故などで、猫の寿命は3年ほど。緩やかに猫を駆除する妥協策だ。想田監督はこれには「複雑な気分」と言う。「社会が制御され消毒されて、イレギュラーな存在が一掃される。人間社会全体で進みつつある現象でしょう。でも猫がすむ余地がない社会は、果たして住みよいと言えるのか」

ただ、映画はこうした主張を一切感じさせない。観客にきっかけを与えることに徹している。「自分の考えを宣伝するために映画を作るのではありません。世界がこんなふうに見えるということを、映画的リアリティーとして構築し、観客と共有する。そうして伝わるのは〝体験〟だと思う。この映画を見た人が、何日か五香宮に滞在して、猫や人と触れ合い去って行った。そういう体験をしてもらえたらいい。どう感じて何を考えるかは、一人一人違っていいんじゃないでしょうか」


すべて主観 でも「よく見て、よく聞く」

想田監督はテレビドキュメンタリーを数多く手がけたが、テーマに沿って題材を並べる作り方に反発し、観察映画に取り組み始めた。米国のドキュメンタリー監督、フレデリック・ワイズマンの、作り手の存在を消し、対象をひたすら見据える手法にも触発されたという。知人の選挙運動を追った「選挙」(07年)を皮切りに、精神科医の日常を記録した「精神」(08年)、平田オリザと劇団・青年団にカメラを向けた「演劇1 演劇2」(12年)などを発表してきた。

ただ、次第にワイズマン監督とは異なる姿勢になった。「映画を作っている自分が、目の前の現実に影響を与えないわけがない。それなら自分を含めた世界を観察しようと。作り手と被写体の関係性のダイナミクスが、映画をより面白くする」。これまでの作品でもしばしば想田監督の存在を感じさせたが、今回は想田夫妻とも〝当事者〟として出演している。「自分たちも所属するコミュニティ-だから、透明人間になるべきでない。撮るものと撮られるものの区別がなくなりました」

想田監督は〝参与観察〟と呼んでいる。「五香宮にカメラを向けたことから始まり、いつカメラを回し、止めるか。2時間の映画にするために、どこを捨てるか。全て主観だと思っています。ただ、その判断のモットーとしているのは『よく見て、よく聞くこと』です。〝こういう映画〟とメッセージやプランに合わせて都合良く切り取るのではなく、学んだこと、発見したことを、主観的ではあってもフェアに、誠実に提示する」。そして「よく見てよく聞けば、日常は面白いことばかり」と、題材は尽きないという。「自分が面白がっているものは、きっとほかの誰かにも面白いはずだという確信があるんです」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

宮本明登

毎日新聞写真部カメラマン

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  • 牛窓の風景。穏やかな瀬戸内海を望み、ゆったりとした空気が流れる
  • 牛窓の風景。海沿いから路地に入ると、江戸から昭和初期に建てられた商店や民家などが建ち並ぶ
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