「ほかげ」の塚本晋也監督=玉城達郎撮影

「ほかげ」の塚本晋也監督=玉城達郎撮影

2023.12.13

ウクライナ、ガザ地区……募る戦争への危機感「暴力はファンタジーではない」 塚本晋也が「ほかげ」に込めた祈り

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勝田友巳

勝田友巳

塚本晋也監督が、また戦争を撮った。公開中の「ほかげ」だ。2015年の「野火」、18年の「斬、」と、この8年で3本目。かつてサイバーパンク的に暴力を描いたが、戦争という暴力はまったく別物だという。戦後生まれの世界的な人気監督を駆り立てているのは「今、やらなければ」という危機感だ。 


 

生を実感するためのバイオレンスだった

塚本監督作品で、バイオレンスやエロスは人間の生を突き動かすエネルギーだった。デビュー後間もない「鉄男 TETSUO」(1989年)や「東京フィスト」(95年)など、人間と無機質な都市や機械が一体化しているような悪夢的映像を、低予算で自主製作。世界的な知名度を獲得した。
 
当時の暴力描写は「ファンタジーだった」と振り返る。「以前は、目の前のものが現実か夢か分からないサイバーパンク的な視点から、『痛みを実感して生きていることを確認する』ための手段として暴力を描いてきた。人間が備えている暴力性を実際に行使しない代わりに、ファンタジー的に描いてすませるという思いだった」。しかし、「野火」以降の暴力の位置づけは「当時とは全く違う」と語る。


©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER


自主製作「野火」で一変、「ほかげ」まで

塚本監督は高校時代に読んだ大岡昇平の「野火」の映画化の構想をずっと温めていた。しかし、多額の製作費や、人肉食にまで至る過酷な戦場を描く題材そのものが日本映画界では敬遠され、長く眠ったままだった。時機を待つ間に、安倍晋三政権による集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法制定など、戦後のタブーが次々と破られるのを目の当たりにする。製作に踏み切ったのは「危機感」からだった。
 
「自分の年齢的なこともあるし、子どももできた。次の世代を戦争のような恐ろしい目に遭わせない世の中にすることも、大人の責任。作らざるを得ない」と考えるにいたる。最終的には自主製作で自身が主演。フィリピンでロケ撮影を敢行して「暴力の現実」を描き「戦争を体験する」映画となった。ここでの暴力はもはやファンタジーではなく「近づきたくない、味わいたくない恐ろしいもの」。映画はべネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され日本でも多くの観客を集めた。毎日映画コンクールでは自身の監督賞と男優主演賞を受賞。次の作品へとつながっていく。


 

渋谷のガード下で見たヤミ市の名残

続く「斬、」は、江戸末期の動乱期に、気弱な浪人が非情で際限のない暴力の連鎖に巻き込まれていく様を描いた。時代は異なっても主題は「野火」と連なり、「戦いの居心地の悪さ、人を殺す恐怖を感じてほしかった」という。
 
そして「ほかげ」の舞台は、終戦直後の日本。焼け残ったヤミ市の居酒屋で、酒と体を売っている女(趣里)が主人公だ。前半は、店に出入りする戦災孤児の少年(塚尾桜雅)と若い復員兵(河野宏紀)による屋内劇、後半は復員兵のテキ屋(森山未來)が少年とともに戦争中の恨みを晴らすために上官を捜す旅を描く。
 
ヤミ市は、戦後生まれの自身と戦争をつなぐかすかなよりどころだった。少年期になじんだ東京・渋谷の線路下の暗がりで傷痍(しょうい)軍人を見た記憶が残っているという。「あれはヤミ市の最後の名残だったのではないか」。今ではホテルや商業施設が建ち並ぶ一帯で、その面影はみじんもない。「消えた景色を想像することが、高度経済成長期に生まれ、戦争を実感しなかった自分にとってのタイムトンネル」。これまでに取材した戦争体験者の話や読み込んだ資料から物語を構想した。身寄りをなくし体を売る女たち、戦災孤児、そして復員兵。「ほかげ」で目を向けたのは「終戦を迎えても戦争が終わっていない人たち」だ。


戦争がもたらす傷 リアルに

登場人物は心と体に深く傷を負い、苦しんでいる。その造形はできるだけリアルにしようと、集めた資料や証言に基づいた。復員兵は、戦争の被害者としてだけでなく、加害者としても描かれている。テキ屋の男はかつての上官を訪ね、戦地で彼が強制した行為を激しく非難する。日本映画で、日本兵の戦場での行為を描くのは極めて珍しい。
 
「戦争映画のヒロイズムには我慢ならないけれど、被害を描くだけでは片側だけ。戦争で(被害と)同じぐらい恐ろしいのは、戦場では人を殺すということ。その恐怖は同等で、両方を描かないと戦争の恐ろしさを伝えられない」
 
若い復員兵は戦地での記憶に苦しみ、発作的に暴力に及ぶ。「彼らは戦地で人を殺したかもしれない。戦場は若さや自分がいつ死ぬか分からないという状況で、人間の暴力性が過激に現れて、女性や赤ん坊まで手にかける異常な殺りくに及んでしまう。日本だけでなくどの国にもあったし、今もあるだろう。その人たちが日常に戻って幸せな生活を取り戻した時に、自分がしたことを後悔し、ものすごい心的外傷後ストレス障害(PTSD)が表れる。高度成長期に平和を謳歌(おうか)していた間にもうなされた人たちがいたことは描かれてこなかった。日本でも研究されていたようだが、戦後はそうした人たちは『根性なし』と白眼視され、隠された。本当は保護されなければいけなかったのに」


恐ろしい方向に向かっているのでは

戦争を描く視点は、常に庶民の目の高さにある。「遂行する側から描くつもりはない」と明確だ。「その目線で描いたら、観客はそこから戦争を捉えて共感する。『やるときはやらなきゃいけない』『攻めてきたらやり返す。そのために準備が必要だ』と。戦争を始めるのは上の人たちでも、戦場に行くのは彼らではない。戦争は『ほかげ』で描いた子どもたちや復員兵を生むし、自分たちの行為で相手側がそうなるかもしれない。その痛みを生々しく描いて、味わうのは自分たちなんだと観客に実感してもらいたい」
 
塚本監督の戦争映画は多くの観客を集めたが、「野火」撮影時に抱いた危機感は強まるばかりだという。日本を取り巻く状況は厳しさを増し、世界各地で戦火が消えることはない。「日本でも、戦争に近づくスケジュールが、着実にこなされているかのよう」
 
「ウクライナでの戦争が始まった時に、今の時代にこんなことが起こるのかと驚いたし、ガザ地区の殺りくを世界が止められないことにも言葉を失った。底が抜けてしまったように感じる。世界も日本も恐ろしい方向に向かっているのではないか」。「ほかげ」には、そうならないようにという祈りが込められている。

企画中の戦争映画がもう1本。「大作になる予定。これだけは撮りたい」と言うが、ここで一区切り、とも。「元々戦争映画監督というわけではなかったですからね」。時代へのやむにやまれぬ思いに動かされているのである。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

玉城達郎

毎日新聞

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