「破戒」の執筆について振り返る加藤正人氏=北山夏帆撮影

「破戒」の執筆について振り返る加藤正人氏=北山夏帆撮影

2022.7.07

インタビュー:差別描く古典「破戒」 ベテラン脚本家がリメークを決意するまで 加藤正人

ひとしねま

鈴木英生

日本初の反差別当事者運動団体、全国水平社が、2022年3月3日で創立100年を迎えた。その記念作品「破戒」の脚本を木田紀生と共同で担当したのが加藤正人。「クライマーズハイ」「雪に願うこと」などで知られるベテランでも、部落差別を扱う本作の脚本を依頼された際は、「難しいテーマだ」とたじろいだ。「表現者として逃げてはいけない」と思い直し、約2年かけて書いた。差別の不当さを強く考えさせるだけでなく、上質なエンターテインメントにもなった作品に込めた思いを聞いた。
 


 

「私に書けるか」葛藤乗り越え

島崎藤村の原作は、近代日本文学で初めて部落差別を正面から取り上げた傑作だ。長野県の小学校教師、瀬川丑松が、自らの出自を隠し続けろという親の戒めを破り、カミングアウトするまでの被差別体験や葛藤を描く。
 
よく知られた作品とはいえ、何しろ110年以上前のものである。今は、当時と比べれば表立った露骨な差別はかなり減っているし、文化、風俗から社会状況まで何もかも当時とは違いすぎる。「原作をなぞるだけでは、今の観客には『時代劇』にしか見えない」と思った。
 
しかも、これまで1948年に木下恵介監督、62年に市川崑監督が映画化している。「どちらも傑作で、リメークできる余地があるだろうか」。加えて、「今まで身近に被差別部落の存在を感じた経験がない私に書けるのか」と不安は募った。


 

現代の差別意識しアップデート

そこでまずは、部落関連の書籍を読み込んだほか、同和教育や部落解放運動の関係者ら30人ほどに取材をして、イメージをつかんだ。せりふを現代的にして今の観客にわかりやすくしたほか、原作にないエピソードを多数盛り込み、外国人や性的マイノリティーなど部落以外への現代の差別に置き換えても理解できるようなつくりを心がけた。
 
「人間は差別を繰り返してしまう存在だと観客に気づいてもらえれば、明治の作品を令和の現代によみがえらせる意義がある」。たとえば、主人公の小学校教師、瀬川丑松(間宮祥太朗)に、「誰もがきちんとした教育を受けるようになれば差別はなくなる」といった話をさせ、丑松の敬愛する部落出身の思想家、猪子蓮太郎(真島秀和)に「差別というものは人の心から簡単に消えはしないような気がするんだ。愚かではないが弱いんだ。弱いから差別する」と応えさせた。
 
丑松は、父親(田中要次)の「(出自を)隠せ」という戒めを破って、今で言うカミングアウトをする。原作では他の登場人物が猪子に出自をばらされる場面もあるが、今作は逆に、猪子にアウティングを否定するせりふを言わせた。このあたりも、近年、マイノリティー問題で特に話題となる「カミングアウトは誰に強制されるものでもない。当事者の意思を無視したアウティングは許してはならない」といった議論を取り入れた格好だ。
 

多数派の側の問題だ

筆を進めるうちに、「差別は、されるマイノリティーではなく、するマジョリティー側の問題だ」と、強く思った。丑松の友人銀之助(矢本悠馬)は、露骨に部落をさげすむ人物につられて、考えもなく差別発言を繰り返し、出自を隠している親友を傷つける。「同じことは、今もある。多くの人が銀之助に感情移入できるはず」と考えた。「だからこそ、できるだけ多くのマジョリティーに見てもらいたい映画です」
 
「破戒」は、日露戦争期の作品でもある。学校で軍国的な教育方針が当然視されていたり、丑松が下宿で与謝野晶子の反戦詩「君死にたもうことなかれ」を読んだりといった場面もつくった。「国家主義と差別は常にセットでしょう。全体主義的な流れが強まると、差別が利用される。他方、当時は社会主義や反戦思想が広まり始めた時期でもある。そのあたりの話も想像して入れました」。執筆中に、教育勅語の再評価や憲法改正に向けた政治家の発言が目立って感じられ、「この国が戦前のような時代に戻るのではないか」と危機感を募らせた。だからこそ、「人権と『国権』の対立を際立たせて描こうと思った」とも。
 
丑松下宿先の養女でヒロインの志保(石井杏奈)は、これまでの映画化よりも「強い女性にした」という。「女性もまた被差別者で、家に依存しないと生きられない弱い立場だからこそ、養女になった。弱者と弱者が心を通わせる場面を大切にしました」
 

カミングアウトする丑松

丑松が、自らの出自を教室で明かす場面がクライマックスだ。ここで児童に土下座するかのような表現が、従来、議論を呼んできた。「原作のままでは、追い込まれて告白し、『隠していてごめんなさい』と謝って、逃げるように去る印象を持たれかねません。自らで決然と態度を決め、新しい人生を歩むように描きたかった」と強調する。
 
土下座ではなく、自らの出自に向き合えてこなかったことと、カミングアウトの結果、職を失って子どもたちを教え続けられなくなる悔しさに崩れ落ち、涙をこぼす格好にした。
 
この場面を作るためにも重要になったのが、直前の猪子の演説会シーンだ。「我は穢多(えた)なり」という、原作で猪子の著書にある言葉を、演説のせりふに使った。水平社の創立宣言にある「吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ」を先取りしたようだとも言われてきた、自らの差別されてきた属性を正面から受け止め、むしろ誇りだとする言葉である。「あのせりふがあるかないかで、話の重みがかなり違ってしまう。丑松の(カミングアウトの)覚悟を決めさせる言葉です」
 
ラストシーンで子どもたちに「一生懸命勉強しなさい、学問が君たちの助けになる」と説く丑松の姿が印象的だ。「間宮さんの語り口は、全編にわたって丑松のデリケートな心情をよく表現してくれた。言葉を大切に大切にして生きる、非常にナイーブで誠実な教師の姿を演じきってくれた」と絶賛する。
 

書くべき縁があった

京都市でこの3月3日に開かれた水平社創立100年記念集会で、お披露目上映をした。あえて一般席の後方に座り、観客の反応を確かめた。差別的なせりふは、「一言一言を、自分がこの場にいる当事者に向けて言っているようでつらかった」が、ラストが近づくにつれ、観客の気持ちがスクリーンに吸い込まれていくと感じた。丑松の思いに涙を流す人も。「当事者に受け入れられる映画になったのが、何よりうれしい」
 
マイノリティーを主人公にした脚本を書いたのは、95年の「三たびの海峡」以来だ。「あのとき主役を演じた三国連太郎さんは、62年の『破戒』で猪子役でした。社会派ドラマの経験は多くはないですが、やはり、私に書くべき縁があったのだと思います」
 
7月8日公開。

毎日デジタル:「60年たって、なぜまた映画に」 間宮祥太朗さんが問う差別

ライター
ひとしねま

鈴木英生

すずき・ひでお 毎日新聞専門記者。1975年生まれ。2000年毎日新聞入社。東京、大阪両本社の学芸部で論壇を長く担当し、現在はオピニオングループで主に「論点」欄などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

北山夏帆

きたやま・かほ 毎日新聞写真部カメラマン