「ウルフズ」より

「ウルフズ」より画像提供 Apple

2024.9.30

ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットが〝キマらない面白さ〟を真面目に味わい深く演じた「ウルフズ」

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ヨダセア

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英語でネズミ=〝mouse〟(マウス)が2匹以上いるとき、複数形は〝mouses〟(マウシズ)ではなく〝mice〟(マイス)と表現することは比較的よく知られている。〝mouse〟は原則、ネズミが1匹しかいない場合にのみ用いる単数形の単語だ。これと同じようなルールがオオカミにもある。オオカミ=〝wolf〟(ウルフ)という単語は1匹しかいない場合にのみ使用し、複数形で表現すると通常は〝wolves〟(ウルブズ)である。しかし、9月27日(金)にAppleTV+で配信開始となったAppleオリジナル映画のタイトルは、「ウルフズ」(「Wolfs」)だ。
 

「一匹狼」のクルーニーとピットがコンビでの行動を強いられる

「ウルフズ」は、ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットという2大スターをダブル主演に迎えた豪華な一作。クルーニーが演じる男も、ピットが演じる男も、両名とも名前は明かされない裏社会の人間であり、不祥事を人しれずもみ消す〝フィクサー〟と呼ばれる仕事人である。
 
この映画でも、ふたりはそれぞれ依頼を受け、〝人知れず〟とある不祥事をもみ消しに来たはずであった。しかし、似たような相手に鉢合わせてしまう。同じような背格好で、同じような低い声でボソボソ話し、そして同じように〝協力プレーが苦手な一匹狼(おおかみ)〟である。
 
そんな2人が、予期せぬトラブルによりコンビでの行動を強いられてしまうのが「ウルフズ」である。つまり〝一匹狼〟としての行動以外ありえないはずの2人が、無理に一緒に行動することになるというコンセプトが、単数形の〝wolf〟を〝wolves〟ではなく無理やりな複数形である〝wolfs〟にしたタイトルに込められている。「ウルフズ」は日本語にすると「一匹狼たち」といったふうにも聞こえる、矛盾・ちぐはぐ感をはらんだタイトルなのだ。
 
ジェームズ・ボンドやインディ・ジョーンズ、マンダロリアンなど、これまで数多くの有能な一匹狼キャラクターが映画ファンを魅了してきた。しかし、彼らは単独で鋭い判断力を生かし、周囲と協力する際もテキパキ仕切れる〝一匹狼〟だからこそ魅力的に〝キマる〟のだ。
 
その渋くクールな魅力は、テキパキ仕切れず、判断能力も利かなくなれば、その途端に滑稽(こっけい)なものと化してしまう。一匹狼のクールなヒーロー、ドクター・ストレンジが「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(2021年)で無邪気なスパイダーマン相手にタジタジになっていたのも記憶に新しいが、トム・ホランド主演の「スパイダーマン」シリーズと、今回の「ウルフズ」の両方を手がけたジョン・ワッツ監督はこういった滑稽さが好みなのかもしれない。
 
「ウルフズ」にもそんな滑稽さが終始漂うことにより、シュールな笑いが生まれている。クルーニー演じる男、ピット演じる男のふたりともが作戦を仕切ろうとするためセリフはかぶるし、口論も絶えない。おまけにふたりが「自分のような存在は1人だけ」だと思っていたため、2人になって以降お互い常に混乱している。作中で流れるサウンドトラックは常にシリアスで、一度たりとも愉快なメロディは流れないが、2人が真面目であればあるほど、真面目だからこそ〝キマらない〟面白さが増幅されるのだ。
 
しかし、その〝いつもならクールにキマるはずなのに〟という前提を、過去のシリーズもない単発作品で冒頭から感じさせるのは簡単ではない。観客は初めて見るキャラクターの人物像も、過去の活躍も知らないからだ。つまり、今作のコンセプトはジョージ・クルーニーとブラッド・ピットという大スターのダブル主演作だからこそ実現できたといえる。
 

2人のスター性が際立つ一作

今作の2人のキャラクターを知らなくても、ジョージ・クルーニーが演じる一匹狼と、ブラッド・ピットが演じる一匹狼が〝クールにキマるはず〟であることを人々は知っている。これまで数多くの映画を通して、キメてきた2人なのだから、当然だ。しかし、今作ではどうにもキマらない。一見簡単に見えるが、この笑いはクルーニーとピットのスター性が際立っていることでようやく生まれたものだ。
 
過去にふたりが共演した人気シリーズ「オーシャンズ」ではタイトル(「オーシャンズ11」「12」「13」)のとおり10人以上のチームプレーを魅力としたが、今作ではさらなる風格を得たクルーニーとピット、2人だけの魅力をたっぷり堪能できる。黒い衣装も2人の存在感を際立たせており、周囲に大勢の人がいても遠くから2人にすぐ視線が行くよう、エキストラの衣装や撮影にも工夫が凝らされていることがよくわかる。
 
そしてもちろん、〝同じような2人〟を演じるといえど、両キャラクターの性格は大きく異なる。真面目で常に眉(まゆ)にシワを寄せているクルーニーと、ヘラヘラした態度でつかどころのないピット。2人が演じたのは、これまでの作品でも示してきた、それぞれに似合うキャラクターであるように見受けられる。2人の男の名前が明かされないことも、より2人を〝クルーニーとピット〟として意識させる効果を持っていよう。
 
2人が混乱しながらドタバタ奔走しているパートも当然面白いが、中盤以降は静かに向き合った2人が真剣に会話するシーンなども用意されており、2人がアカデミー賞の受賞経験(※)のある俳優たちであることを改めて思い出させる、深みのある演技も味わえる。
 
「ウルフズ」はまさにクルーニーとピットのために用意され、クルーニーとピットだからこそ実現した、物語はライトながらも味わい深い作品だった。
 
Apple Original Films「ウルフズ」はApple TV+にて独占配信中。
 
※ピットは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」で助演男優賞を受賞したほか主演男優賞に2回ノミネート、助演男優賞に1回ノミネートされている。クルーニーは「ファミリー・ツリー」などで主演男優賞にノミネート、「シリアナ」で助演男優賞を受賞している。

ライター
ヨダセア

ヨダセア

フリーライター。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(X・Instagram)やYouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」においても映画や海外ドラマに関する情報・考察・レビューを発信している。

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