© TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019

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2021.2.18

この1本:ある人質 生還までの398日 極限での尊厳と暴力性

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)。

「イスラム過激派に捕らわれる」という状況設定、ここ10年ほど映画の中にずいぶんたくさん見た。ヒーローが陥る絶体絶命の危機、家族を襲う理不尽な出来事。だがそれは、物語に緊張をもたらす記号的な仕掛けだった。人質の実際の状態と心理に本作ほど迫ったのは初めてではないか。2013年、シリアでIS(イスラム国)の人質となったデンマーク人写真家が1年後に解放されるまでを描く。

ダニエル・リュー(エスベン・スメド)はごく普通の青年だ。体操選手の夢をけがで諦めて報道写真家に憧れ、シリアに旅立つ。気づくと危険地帯にいて、抵抗のしようもなく自由を奪われ閉じ込められ、「CIAだな」と拷問される。米国人ジェームズ・フォーリーら他の人質と共に、加虐的な監視人から満足な食事もなく屈辱的な扱いを受けて、気力も体力も奪われる。手持ちのカメラがダニエルを追い、観客は平穏な先進国の日常からあれよあれよという間に悪夢的状況に引きずり込まれる。その手並みが鮮やかだ。

映画はダニエルの惨状と、人質解放の交渉、2億円以上の身代金を募金でまかなおうと奮闘する家族の間を行き来しながら、事件の経緯をたどってゆく。それぞれのサスペンスが、緊張を途切れさせないのも作劇の妙だろう。

一方で、倫理的な判断は示さない。身代金交渉に頑として応じない政府の役人の官僚的態度を誇張することはなく、人質を射殺する瞬間のISメンバーの葛藤を示唆する。フォーリー惨殺の悲劇も織り込んで、リアリティー重視。息継ぎできる余地がなく、映画は終始重苦しい。勧善懲悪や苦難克服のカタルシスは希薄で、浮かび上がるのは尊厳を破壊される恐怖と人間の底知れぬ暴力性だ。ニールス・アルデン・オプレブ、アナス・W・ベアテルセン共同監督。2時間18分。東京・角川シネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

ダニエルがシリアで陥った凄惨(せいさん)な状況と、デンマークで身代金集めに奔走する家族の苦闘。徹底したリアリズムに貫かれた映像世界と向き合う観客は、誰しも自問自答を強いられるだろう。もし自分なら正気を保てるだろうか、希望を捨てずにいられるだろうかと。「主人公は生きて帰ってくる」という結末は題名に示されているのにひとときも気が抜けないのは、人命救助をめぐる非情な現実や人質たちの運命の明暗が生々しくあぶり出されているから。ハリウッド映画なら英雄的に描かれるであろう人質交渉人の沈痛な表情も心に残る。(諭)

技あり

エリック・クレス撮影監督はニールス・アルデン・オプレブ監督の「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」を撮り、再度の指名に応えた。明るい話ではないので室内も主光源は逆光。明暗比が強くなり、深刻な内容に合う。母は友達の夫を出勤前につかまえ、身代金の借金を申し込む。座った2人のカメラ側は暗い。次に繫(つな)がり重視。目隠しで床に転がるダニエルの絶望の大アップに続け、母の目だけ撮り思いを伝える。ダニエルが解放される時、フォーリーとの握手の手を短く見せる。手練手管で監督の言う「北欧の大作」を撮った。(渡)