「パージ」Film © 2013 Overlord Productions, LLC. All Rights Reserved.

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2022.7.26

アメリカが無法地帯と化す12時間 「パージ」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

キーワード「孤立無援/立てこもりの抵抗」 

本連載にて前回取り上げた「パニック・フライト」(2005年)は、テロリストの脅迫によって〝孤立無援〟の状況に立たされた女性ホテルマネジャーの物語。さんざん追いつめられた主人公が、終盤に見せる〝捨て身の反撃〟が格別のスリルとカタルシスを生む一作だった。
今回は〝孤立無援〟というキーワードのパート2。主人公が誰にも救いを求められない危機に陥るという設定は同じだが、ジェームズ・デモナコ監督が手がけたスリラー「パージ」(13年)はシチュエーションが異なる。一か八かの反撃もできず、ひたすら防御による〝抵抗〟しか生き残るすべのない家族の運命が描かれる。全米スマッシュヒットを受けて4本もの続編が製作されたが、このシリーズ1作目が断然面白い。



あらゆる凶悪犯罪が合法化される緊迫の一夜
まず「パージ」のユニークな点は、その世界観にある。最悪の経済危機に見舞われたアメリカが国家破綻した14年、国の再建に取り組む全体主義的な新政権が〝パージ法〟を制定する。それは1年に1度、12時間だけあらゆる犯罪を合法化するというもの。強盗、レイプ、殺人さえもこの日だけは罪に問われず、国民は日ごろため込んだ不満や憎しみを暴力によって発散することで、魂をパージ(浄化する、解き放つの意)することができる。何とも荒唐無稽(むけい)な法律だが、実際に施行してみたら、あら不思議。犯罪発生率も失業率も劇的に低下し、平和的な秩序を取り戻したアメリカは経済的にも復活を遂げた。
こうした世界観をオープニングで手短に伝える本作は、製作年から9年先の近未来である22年を背景にしている。主人公ジェームズ(イーサン・ホーク)はセキュリティーシステムを販売する企業のトップセールスマン。パージ法のおかげで富裕層の仲間入りを果たした彼は、郊外の高級住宅地にひときわ立派な大邸宅を構えている。ところが22年のパージ当日、思わぬ不測の事態が持ち上がり、ジェームズの一家は凶悪な暴徒の標的になってしまう……。


 
格差と分断が深まる銃社会を痛烈に風刺
4人家族のジェームズ一家が暴徒に狙われるきっかけは、10代の息子チャーリーが行き場を失ったホームレスの黒人男性を見かね、一時的にセキュリティーを解除して自宅にかくまったこと。それは道徳的には人命を尊ぶ正しい行為なのだが、何より家族の安全を優先するジェームズはそんな息子をとがめ、ジェームズと妻メアリー、娘ゾーイとの間にも不信感が生じる。そもそもパージ法は、セキュリティーシステムを持てる裕福な者たちに恩恵を与え、持たざる貧困層を切り捨てる弱肉強食の法律だ。そうした登場人物の葛藤、銃社会の矛盾をあぶり出す本作は、どうしようもなく経済格差が広がり、思想的な分断が深まるアメリカのなれの果てを〝予見〟した痛烈な風刺スリラーなのである。
不気味なマスクをかぶった暴徒の集団がいよいよセキュリティーを破壊し、家の中への侵入をもくろむ後半は、もはや家族であれこれもめている場合ではない。黒人ホームレスの命を軽視していたジェームズは改心し、ある決意を固める。ショットガンを握り締め、これしか残されていない〝立てこもりの抵抗〟を選択するのだ!
 
絶体絶命の一家の主をイーサン・ホークが熱演
絶体絶命の極限状況に追いやられた者は、自ら銃器を手にして敵を迎え撃つしかない。いかにもアメリカンスピリッツに満ちた展開だが、主人公がわずかな仲間を率いてある空間に〝立てこもる〟という状況設定はアメリカ映画で繰り返し描かれてきた。巨匠ハワード・ホークス、ジョン・ウェイン主演の「リオ・ブラボー」(1959年)がその象徴的な名作であり、ホークスの活劇魂を受け継ぐジョン・カーペンター監督の「ジョン・カーペンターの要塞警察」(76年)、「遊星からの物体X」(82年)、「ゴースト・オブ・マーズ」(2001年)も立てこもり活劇の醍醐味(だいごみ)に満ちている。
その点、「パージ」は主人公一家が〝抵抗〟を持続させる時間がやや物足りず、立てこもり活劇としては上記の傑作群には及ばないのだが、こちらはプロットのひねりに妙味がある。周囲がうらやむほどのパージ成り金となった主人公一家を襲う暴徒集団は、〝ひとつ〟だけではなかったという展開に皮肉が効いている。
また本作はイーサン・ホーク、レナ・ヘディという実力派の俳優たちを起用したことでドラマ性が増したが、ホークは前述した「ジョン・カーペンターの要塞警察」のリメーク「アサルト13 要塞警察」(05年)でも孤立無援の立てこもりを強いられる巡査部長を演じていた。ちなみに「アサルト13 要塞警察」の脚色を担当したのは、本作のデモナコ監督であった。
 


「パージ」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからブルーレイ発売中。2075円。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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