毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.1.14
この1本:「パリの調香師 しあわせの香りを探して」 嗅覚と機知で再び歩む
事情を抱えた運転手と横柄な雇い主。何度も見たような組み合わせ。格差コンビが狭い空間を共有して移動するうちに、親密感や連帯感が生まれるのも、お決まりの展開だ。しかし、それと分かっていても楽しめるのが、ジャンル映画の良いところ。手堅い作りが安心だし、調香師という新鮮味もある。フランス映画らしいコメディーだ。
運転手のギヨーム(グレゴリー・モンテル)は、稼ぎが少なくて娘の親権を元妻に取られそう。気難しくて無愛想なアンヌ(エマニュエル・ドゥボス)に気に入られ、専属運転手となった。アンヌは優れた嗅覚を持つ調香師で、かつては大手香水ブランドとも仕事をした花形だったのに、突然嗅覚を失って仕事も信用も失っていた。
初めは自分を従僕扱いするアンヌにギヨームが腹を立て、それでも割の良い仕事を断れない。そのうちアンヌの仕事に興味をかき立てられ、香水の調香に復帰したいと願っている本心を垣間見る。片やアンヌは人付き合いが苦手で友達もなく、意に沿わぬ頼まれ仕事にもんもんとしている。ギヨームの機知に救われ、娘を思う親心にほだされる。とまあこの辺も、予想通りに運んでゆく。
おなじみのジャンルをどう調理するかが腕の見せどころで、グレゴリー・マーニュ監督は調香師の仕事に焦点を当てる。最初にギヨームがアンヌを運んだのは森の中にある洞窟だ。匂いを嗅いではギヨームにメモを取らせる。博物館に洞窟を再現するので、同じ匂いを調合して加えるのだという(へえ、なるほど)。といった具合。
終盤がおざなりだし、彼らを取り巻く社会に目を向けないから奥行きもなくて、不満も残る。それでもドゥボスとモンテルが、天才肌のアンヌと世知にたけたギヨームを巧みに演じ、人生をこじらせた大人が新たな一歩を踏み出す姿にほっこりさせられるのである。1時間41分。東京・Bunkamuraル・シネマ、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)
ここに注目
フランスのコメディーにはアクの強い作品も多いが、これは共に問題を抱えた男女の人生修復ドラマをさりげなく気の利いたユーモアでくるんだ良作。いかにも気難しそうな女性として登場するアンヌの内なる孤独と不安、当初は不器用なダメ人間のように思われたギヨームの素朴な美点や意外な才能をすくい取っていくキャラクター描写も魅力的。シャネルの5番や「洞窟」「石鹸(せっけん)」「草」などの〝香り〟にまつわるウンチクも興味深く、対照的な2人の主人公が色恋沙汰抜きで織りなすこのバディームービー、何だか得した気分になる。(諭)
技あり
トマ・ラメ撮影監督はいい位置で芝居をつかまえようとカメラを近づける。廊下でアンヌのポスターを、アンヌとマネジャー、ギヨームの3人で見る場面。小津安二郎監督が常用したどんでん(真反対のカメラ位置)に入る大胆な切り返しを重ねる。また窮屈な車で、アンヌが横のギヨームに香りを感じなくなった経緯を話す場面。正面からの2人と横顔に加えて、せりふの受け側をボカして入れ込んで撮る几帳面(きちょうめん)な仕事ぶり。しかし実は、ギヨームが娘と遊ぶ雨模様の砂浜のような、はじけた撮り方の方が得意かもしれない。(渡)