「男性映画」とは言わないのに「女性映画」、なんかヘン。しかし長年男性支配が続いていた映画製作現場にも、最近は女性スタッフが増え、女性監督の活躍も目立ち始めてきました。長く男性に支配されてきた映画界で、女性がどう息づいてきたのか、女性の視点や感性で映画や社会を見たらどうなるか。毎日新聞映画記者の鈴木隆が、さまざまな女性映画人やその仕事を検証します。映画の新たな側面が、見えてきそうです。
2022.11.02
字幕とイヤホン解説で全ての人に映画を ユニバーサル映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」代表・平塚千穂子さん①:女たちとスクリーン
東京・田端にある「シネマ・チュプキ・タバタ」は、ユニークな〝ユニバーサル映画館〟だ。オープンして6年あまり。目の不自由な人、耳の不自由な人、車いすの人も一緒に映画を楽しめるように、全ての上映作品にイヤホン音声ガイドや字幕を付けている。代表の平塚千穂子さんに、映画と障害者とのかかわりを聞いた。
耳の聞こえない人たちと目の見えない人たちの壁を乗り越えようと、さまざまな人がもがき葛藤するドキュメンタリー映画「こころの通訳者たち」を公開中だ。
「こころの通訳者」©Chupki
映像を言葉で通訳する音声ガイド
--はじめに、映画を音声ガイドで鑑賞するとは。
目の不自由な方にイヤホンをつけてもらって、セリフの隙間(すきま)や場面転換の時など本編の音声情報の邪魔にならないタイミングで、見ないと分からない情報を中心にナレーションで補足する。人物の表情や動き、カメラが映している風景などを表現し、登場人物がどんな人か、どんな気持ちかを想像できるよう言葉を選ぶ。セリフの隙間という限られたところに、伝えないといけない情報をチョイスしながら作っていく。
とはいえ、見えている人と同じような情報を与えようとしても、それは無理。見えない人は、音とセリフと音声ガイドから想像しながら、独特の鑑賞方法をしている。映画として大事な要素や伏線を与えて、面白く鑑賞できるようにする役割もある。
手探りで始め、作業に1カ月
--資格みたいなものは必要か。
ずっと手探りでやってきた。自分が目を閉じて視覚障害者の疑似体験をしてみたところで、実際の感覚とは違うようだ。だから、音声ガイドを作るときは、極力、視覚障害者の方にチェックしてもらっている。仮にできたものを聞いてもらって、分かりにくい部分やこれはいらないとかの意見交換もする。
--何回も見て作業するのだろうが、どのくらい時間がかかるか。
セリフを覚えてしまうくらい見る。音声ガイドを作るには繰り返し再生して、どのタイミングで文を入れるかを試す。ここは詰めようとか、主語が分からないのではないかとか、修飾語を減らそうとか、合わなければ作り直す。
セリフの多い、少ないにもよるが、平均したら映画1本で1カ月。チェックして考えて直すのに、2カ月あるとうれしい。つきっきりでやったら1、2週間ぐらいもありうる。3日間ぐらいで作ったときもあった。
きっかけは無声映画「街の灯」
--なぜこの世界に入ったのか。
大学を出て飲食店での仕事についたが、思わぬ挫折を経験し、映画館に命を救われた。その後、映画館でアルバイトをしていた時に、異業種交流の集まりに参加した。そこでのイベント企画にチャプリンのサイレント映画「街の灯」(1931年、日本公開は34年)を目の不自由な人に届けようという上映会があり、参加した。元々映画好きだったが、障害者との接点はそれまで全くなかった。
そのころは、見えない人に見て楽しむ映画の話をしたら怒られてしまうのでは、と思っていた。当事者の話を聞いて、企画に盛り上がっているメンバーが頭を冷やせばいいくらいに考えていた。ただ会ってみると、視覚障害者は私のイメージしていたのとは全く逆で、カルチャーショックを受けた。見えないことに悲壮感など全くなく、音感や言葉遊びを楽しんでいた。耳で聞くことの感性の豊かさに圧倒された。
--「街の灯」の上映会はどうなった。
メンバーが長く続かず、活弁も完成せず頓挫してしまった。視覚障害者からも「無声映画なんて最初から難しいことをやろうとしたから」と言われて、「音があれば私たちはイメージできるから、普通の映画館で上映している人気の映画をやってほしい」と求められた。「テレビの副音声みたいに、セリフの合間に状況説明がついたら楽しめる」と。
それで「なるほど」と思って同じような活動をしているところを探したら、関東では「KAWASAKIしんゆり映画祭」が年に2本だけ、バリアフリーシアターとして副音声付きの上映会をやっていた。福岡のボランティアグループもそうした活動を始めていた。ただ専門にやっている人はおらず、朗読ボランティアが中心だったようだ。映像を言葉にするのは簡単ではなく、2001年に音声ガイド研究会を立ち上げるところからスタートした。これが、今のバリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」につながっている。
「こころの通訳者」©Chupki
こそこそガイドからミニFM局へ
--具体的にどんな活動から始めたか。
団体を立ち上げた年の夏に公開された「千と千尋の神隠し」を映画館で見たいから「隣に座って説明してもらえないか」という声があがった。いわゆる〝こそこそガイド〟からスタートした。研究会と言いつつも、実際は最初から映画説明の実践だった。
でも、こそこそガイドは限界があって長く続かなかった。マンツーマンで小気味よく解説できる人はそうそういないからだ。劇場からも「周りのお客さんから迷惑になるからやめて」と言われた。当然ですよね。
同じ年の12月には「ハリー・ポッターと賢者の石」が公開され、見たいという視覚障害者のために映画館を貸し切りにしてもらったこともあったが、すごくお金がかかった。そこで、客席以外の場所から説明し、視覚障害者にイヤホンで聞いてもらう仕組みを作るしかないと考えるようになった。
--現実的な方法に近づいてきた。
歌舞伎座にあるイヤホンガイドの仕組みを教えてもらったら、劇場にミニFM局を一時的に開設して、微弱のFM電波を送信し、周波数を合わせてイヤホンで聞くという。それならば、解説が上手な人を映写室に入れてもらって、その声をFMで飛ばすことにしようと考えた。劇場の許可が必要だったが、今もこの方法で映画鑑賞会や上映会をやっている。
ただ、外国映画では字幕が読めない。吹き替え版があれば想像して楽しめるし、テレビの吹き替え版で見ようという人もいるが、目が見えていた時に外国映画をよく見ていた人は生の音声を聞きたいと望む。難しい問題だった。
■平塚千穂子(ひらつか・ちほこ) ユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」代表。1972年生まれ、東京都出身。早稲田大教育学部卒。飲食店勤務などを経て、バリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」を設立。以降、視覚障害者の映画鑑賞環境づくりに従事。2016年9月に日本初のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」を東京都北区にオープン。第24回ヘレンケラー・サリバン賞、第36回山路ふみ子映画賞福祉賞を受賞。
■シネマ・チュプキ・タバタ バリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」が2016年9月に、1800万円の寄付金を集めてオープンした、座席数20の小さな映画館。目の不自由な人、耳の不自由な人、車いすの人、小さな子ども連れなど、誰でも一緒に映画を楽しむことができる。日本で最初のユニバーサルシアターとして、全ての映画にイヤホン音声ガイドと日本語字幕を付けて上映している。近年、新たにユニバーサルシアターの開設を相談する声も数多くあるという。