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2023.10.16
ロアルド・ダールの原作とウェス・アンダーソン監督のこだわりがほどよくミックスされた「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」:オンラインの森
9月頭に長編映画「アステロイド・シティ」が劇場公開されたばかりのウェス・アンダーソンの次なる新作が、早くもネットフリックスで配信されている。映画「チャーリーとチョコレート工場」の原作、「チョコレート工場の秘密」などの児童文学で知られるロアルド・ダールの短編小説の映像化で、「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」、「白鳥」、「ねずみ捕りの男」、「毒」の4編から成る連作になっている。
ウェス・アンダーソン監督の新作はロアルド・ダール原作の中短編4作
「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」は39分の中編、残り3作品は17分の短編。原作はどれもダールが大人向けに書いたもので、物語的な関連はないのだが、ダークだったり辛辣(しんらつ)なユーモアが含まれていたり、どこかしら似通った空気を感じさせる。さらにアンダーソンは、得意の手作り感あふれる箱庭的世界を持ち込むことで、ビジュアル面においても共通したトーンを作り出した。
また4作品の案内役としてレイフ・ファインズをロアルド・ダール役に起用。さらにファインズ、ベネディクト・カンバーバッチ、ルパート・フレンド、ベン・キングズレーら豪華キャストに複数のキャラクターを演じさせていて、まるでひとつの劇団の公演のようなムードが漂っているのもおもしろい。
全体の印象をひとことで言うなら、「トリッキーな紙芝居」。アンダーソンの特徴である作り込まれたフレームの中で、舞台の転換のようにセットが入れ替わり、役者が役柄や役割をコロコロと入れ替えながら、シュールな寓話(ぐうわ)が語られていく。
さらに原作者であるロアルド・ダールの語りと、物語中での語り部となる登場人物の視点が入れ子構造になっており、さらに各エピソードの最後にはダールが原作を書いた実際の背景まで解説される。映画の中の現実が何層にもなっているのである。
思えばアンダーソンの近作「アステロイド・シティ」や「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」も、複雑な入れ子構造を持っていた。特に「アステロイド・シティ」は、「ある舞台作品を作り上げる舞台裏を紹介するテレビ番組」という実にややこしい体裁で、メインとなるストーリーを二重三重に別の現実が取り囲むメタな構成になっていた。
監督のやりたいことがほどよく凝縮された本作は、近作で距離を感じた方にもおすすめ
この幾重にもギミックを張り巡らせる作風は、近年のウェス・アンダーソンの真骨頂であり、また、観客の気持ちを遠ざけかねない両刃の剣になっているのではないか、とも思う。というのも、アンダーソン独自の美意識とこだわりは年々先鋭化しており、「ストーリー」や「キャラクター」はもはやメインデッシュとはいえない。
従来の感覚で物語を追いかけたり、感情移入したりするものが映画だとすれば、アンダーソンの作品はもはや映画ではない。もしくは映画の新しい形態を志向しているように見える。ある種の現代美術と呼んだほうがふさわしいかもしれない。
ところが「ヘンリー・シュガー~」でもアンダーソンのアプローチは同じなのに、この連作は非常にとっつきやすく、そしてストレートに楽しい。「ヘンリー・シュガー~」は金もうけにしか興味がない主人公が、透視術を習得して大金を得ようとする奇想天外なブラックコメディーだが、前述したややこしい入れ子構造も、39分のコンパクトなパッケージの中では絶妙なアクセントとして効いているのだ。
ほかの短編作品も同様で、アンダーソン一座とロアルド・ダールのとぼけた味わいが絶妙にシンクロして、投げっぱなしのオチでもじんわりと良い余韻が残る。思わず「アンダーソンって短編の方が向いてないですか?」と言いそうになるが、それはさすがに乱暴というもの。
とはいえ、最近のウェス・アンダーソン作品にちょっと距離を感じている人にこそ、監督のやりたいことがほどよく凝縮されたこの4作品をおすすめしたい。そしてこれらの中短編が、今後のアンダーソン作品と自分たちをつないでくれる懸け橋になってくれるであろう予感すらしている。
「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」はNetflixで配信中