ジャンリュック・ゴダール監督

ジャンリュック・ゴダール監督

2022.9.20

巨星落つ――さらば、ゴダールよ、あるいは、こんにちは、ゴダール:よくばり映画鑑賞術

映画の魅力は細部に宿る。どうせ見るならより多くの発見を引き出し、よりお得に楽しみたい。「仕事と人生に効く 教養としての映画」(PHP研究所)の著者、映画研究者=批評家の伊藤弘了さんが、作品の隅々に目を凝らし、耳を澄ませて、その魅力を「よくばり」に読み解きます。

伊藤弘了

伊藤弘了

 ジャンリュック・ゴダールが死んだ。91歳だった。
 
テレビや新聞、WEBメディアなどがこぞってその死を報道したため、多くの人の目に触れたと思う。だが、じっさいにゴダールの映画を見たことがある人は(たとえ映画好きであっても)それほど多くないのではないか。
 
この文章はむしろそうした人たちに届けたいと思って書いている。

「おもしろくない」からこそ「おもしろい」

ゴダールの映画は一般的な意味での「おもしろい」映画ではない。おもしろくないからこそ「おもしろい」タイプの映画である。
 
「いったい何を言っているんだ?」と思われるかもしれないが、これで意図が通じる人であればこの文章を読む必要はない(もちろん、読んでいただけたらありがたいが)。
 
そもそも映画に感じる「おもしろさ」は主観的なものであって、およそ一般化することなど不可能である。とはいえ、世の中には客を呼べる映画と、客を選ぶ映画がある。雑なくくりであることは承知だが、莫大(ばくだい)な興行収入をあげ、口コミサイトに「おもしろかった」という感想が並ぶタイプの娯楽映画と、ミニシアターでひっそりと上映され、その筋の愛好家に絶賛されるアート系の映画と言えばイメージはつくだろうか。
 
ゴダールの映画は明らかに後者に属している。いや、「属している」というより、その「王」として君臨していると言ったほうが正確かもしれない。「王」が「崩御」したのだからメディアが騒ぎ立てるのは当然である。
 
要するに、ゴダールの映画を見るときには、たとえばハリウッドの大作映画を見るときとは違った構えが求められる。そこにはわかりやすい物語はなく、エモーショナルな見せ場もない。ぶつ切りにされた映像の合間に何やら知的な引用が膨大に挿入され、ときに音声すら画面から乖離(かいり)していく。見るだけで体力を奪われる。同じ1時間半なり、2時間なりを過ごすのであれば、前衛的で芸術的、難解で高尚な批評家御用達のゴダール映画より、明朗快活なハリウッド映画を選ぶほうがよほど理にかなっている(異論、反論は大いに受けつける)。
 
一方で、難解さをありがたがる人種はどこにでもいるものである(映画を研究や批評の対象にして文章を書いている私自身もどちらかといえばそちら側の人間だ)。「多くの人に理解されないおもしろさを理解できる自分は相対的に優れた人間である」と考えて、暗い優越感に浸るのも悪くない。
 

「キミには理解できないかも」vs「ありがたがるほうがバカ」

「ゴダールは既存の映画の枠を破壊してその可能性を拡張した」うんぬんと講釈を垂れることはいくらでも可能である。じっさいには理解できていなくても問題ない。どうせほとんどの人がわかっていないのだから。こうなると「裸の王様」である。
 
あえてあしざまに言ってみせたが、別に難しさのなかにおもしろさを見いだすのは必ずしも否定されるべき態度ではない。それが少なからぬ人を納得させるものか、それとも幸福な誤解なのかはともかく、本人がおもしろがっているのなら「勝手にしやがれ」で済む話だ。しかし、問題は、そういう人がついつい他人を見下すようなポーズをとってしまいがちなところにある。じっさい、ゴダールはしばしば知的スノッブのマウンティングに使われてきた。「ゴダールくらい見ておかないと映画を語る資格はないよね」だとか「キミには理解できないかもしれないけれど」だとか言いはじめたら、言われた側が心穏やかでいるのは難しい。
 
一方で、そうして嫌な思いをした人には開き直るという道が用意されている。「あんなものをありがたがるほうがバカなのだ」と言って切り捨ててしまえばいい。映画に詳しい人を捕まえてゴダールに対する評価を聞けば、おそらくこの両方の反応が見られるだろう。
 
現在の私はゴダールに対してそこまで強い思い入れがあるわけではなく、かといってその映画史的重要性を全否定するほどの見識があるわけでもない。そんな中途半端な立場にありながら、高所から俯瞰(ふかん)してわかったようなことを書き連ねている私自身がもっともタチの悪い人種だと思われるかもしれない。以下、恥を忍んで私の個人的かつ主観的なゴダール体験を記し、追悼にかえたいと思う。
 

極私的ゴダール体験

私がはじめてゴダールの映画を見たのは大学3年生のときだったと思う。「勝手にしやがれ」(1960年)や「気狂いピエロ」(65年)あたりの有名どころから見たはずである。曲がりなりにも映画のゼミに入ってあれこれ勉強していたので、「これがゴダールの名高いジャンプカットか」とか「繰り返される名前の言い間違いが哲学的で、原色が氾濫する画面が美しい」とか、そのような、通りいっぺんの背伸びした感想を抱いたのではなかっただろうか。
 
映画ゼミの仲間と「たのしい知識」(69年)を見にいったこともあった。2012年に、オーディトリウム渋谷でこの作品が日本で初めて公開されたときである。「意味のくびきから解放された騒々しくもすがすがしい映画」くらいのお行儀のいい感想を、さかしらに振り回したようなぼんやりとした記憶がある。
 
どれもことさらに間違った感想だとは思わない。だが、明らかに無理をしていた。もちろん、わからないものを前にして「くだらない」と切り捨てるのではなく、何とかわかろうと立ち止まって考えてみる姿勢は悪くない。背伸びをしてわかった気になるのも大学生の特権だろう。そのうちに何か見えてくるものがあるかもしれない(見えてこなければこないで、それまでのことである)。
 

「気狂いピエロ」とつながった「HANA-BI」

私が心からゴダールに感動したのは、北野武の「HANA-BI」(98年)を見たときだった。その美しいラストが不意に「気狂いピエロ」のラストとつながったのである。いずれもカメラが陸地からゆっくりと海のほうを向いていくショットだ【図1、2】。
 

【図1】「HANA-BI」。倒木に並んで座る西(ビートたけし)と妻の美幸(岸本加世子)を超ロングショットで捉えつつ(画面右隅)、カメラは左側を向いてゆっくりと動いていく。夫妻の前にはたこ揚げをしている少女(北野井子)がいる。カメラが画面いっぱいに海を映すと、ほどなくして銃声が鳴り響き、こちらを見ている少女のバストショットに切り替わり、幕となる。
 


【図2】「気狂いピエロ」。崖上の爆発を捉えつつ、カメラはゆっくりと海(右)のほうを向いていく。このショットの終わり近くには、ランボーの詩「永遠」の一節を交互に朗読する男女の声(ジャンポール・ベルモンド、アンナ・カリーナ)が重ねられる。右を向いていったカメラは、まばゆい光を放つ太陽が水平線に沈みゆくところを映す。それは朗読された詩の一部(「海が 太陽にとけこむ」)をあらわすかのような光景である。
 
ショット自体の美しさもさることながら、その美しさが別の映画の別のショットの記憶を呼び起こしたこと自体により強く心を動かされた。そして、同様のショットが溝口健二の「山椒大夫」(54年)のラストにあったことを発見して、さらにうれしくなった【図3】。


【図3】「山椒大夫」。画面右端で抱き合っている母(田中絹代)と息子(花柳喜章)を尻目に、カメラはゆっくりと浮上し、左を向いていく。浜で魚を干している漁師を置き去りにして、最後は木々の間から海を望む構図に着地する。
 
言うまでもなく、こんなものはごくごく個人的な感慨に過ぎない。しかし、私は間違いなくゴダールの「気狂いピエロ」のおかげで「山椒大夫」や「HANA-BI」をよりおもしろく見ることができるようになった。その点で、ゴダールには深く感謝している。
 
映画史に通じている人であれば、海に向かってカメラがパンしていく同様のラストがすでに「軽蔑」(63年)に見られるものであり、それについてはゴダール自身も溝口へのオマージュだと認めているらしいことを知っているだろう。また、ゴダールは2002年に来日した際の記者会見で北野武の「HANA-BI」を「普遍的な映画」と言って称賛している。これらのラストを並べてみせることはそれほど独創的なものではないが、当時の私にとっては大発見だったし、映画を見ることの驚きと豊かさを実感できる体験だった。
 
ゴダールの映画とは大学院に進学してから再び出会い直す機会が訪れ、そのときは「カルメンという名の女」(83年)に感銘を受けるのだが、それについて語るのは別の機会に譲りたい。
 

「ああ、これは何だろう」と思える美しい瞬間

ゴダールは蓮實重彥のインタビューを受けた際に次のように言っている。
 
ふと、知らないメロディーを聞いて、ああ、これは何だろうと惹(ひ)きつけられることがあるでしょう。それと同じように、美しい映像に惹きつけられて、ああ、これは何だろうと人びとに思ってもらえるような映画を作ってみたいのです=注1。
 
私ははからずもゴダールの術中にはまっていたようだ。正直なところ、「勝手にしやがれ」にしろ「気狂いピエロ」にしろ、ストーリー自体はよく覚えていない。だが、シャンゼリゼ通りで「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」紙を売り歩くジーン・セバーグの姿や、断崖から海へとパンしていくショットにランボーの詩の朗読が重ねられるラストは印象に残っている。同様に「たのしい知識」の冒頭でジャンピエール・レオとジュリエット・ベルトが赤く縁取られたビニール傘をもてあそんでいる場面や、「ウイークエンド」(67年)の奇妙な渋滞の場面のことをよく覚えている。
 
誰もがゴダールの映画を見るべきだとは思わない。ゴダールを知らない人生に何の問題もない。だが、そうした経験のある一人の映画観客として、ぜひともゴダールの映画のなかにあなたが思わず惹きつけられるような画面を見つけてほしいと思う。たとえ全体としては退屈な2時間を過ごす羽目になったとしても、そのなかにたったひとつでも「ああ、これは何だろう」と思える美しい瞬間を見つけることができれば、それは悪くない映画体験ではないか。
 
 
注1 「わたしは孤立している だが、憎しみの時代は終り、愛の時代が始まったと確信したい ジャンリュック・ゴダール インタヴュー」(聞き手 蓮實重彥)、「季刊リュミエール」第9号、筑摩書房、1987年、14ページ。

図版クレジット
【図1】「HANA-BI」北野武監督、1998年(DVD、バンダイビジュアル、2007年)
【図2】「気狂いピエロ」ジャンリュック・ゴダール監督、1965年(DVD、角川書店、2017年)
【図3】「山椒大夫」溝口健二監督、1954年(DVD、角川書店、2012年)

ライター
伊藤弘了

伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶応大法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。大学在学中に見た小津安二郎の映画に衝撃を受け、小津映画を研究するために大学院に進学する。現在はライフワークとして小津の研究を続けるかたわら、広く映画をテーマにした講演や執筆をおこなっている。著書に「仕事と人生に効く教養としての映画」(PHP研究所)。


新着記事