お薦めの映画を紹介する英月さん

お薦めの映画を紹介する英月さん

2022.3.22

英月の極楽シネマ:特別編・後 「寅さん」が心に響くのはどんな時?

「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。

ひとしねま

花澤茂人

漠然とした不安に利く映画


京都の僧侶、英月さんの「極楽シネマ」特別編の後編(前編はこちら)。今回は死別の苦しみや、漠然とした不安を感じた時に、おすすめの作品を紹介する。「もうあかん」と追い詰められた時、国民的な人気を誇ったあのシリーズが救いになるかもしれない。

死別の苦しみ 先人の存在を知る

「死」は多くの映画でテーマとなっており、英月さんも毎日新聞夕刊で連載中の「英月の極楽シネマ」で「死ですべてが終わるのではない」「亡き人の願いが私たちを生かす」というメッセージとともに作品を紹介している。

新型コロナウイルスの影響で、国内だけで2万人を超える人が亡くなった。ロシアのウクライナ侵攻では犠牲者が後を絶たない。英月さんは「人が亡くなった悲しみを消すことはできないが、その人たちの存在があって私があるという事実を知ると、この大地が変わる」と表現する。


「激動の昭和史 沖縄決戦 <東宝DVD名作セレクション>」 発売・販売元:東宝

英月さんが思い出すのは、太平洋戦争の沖縄戦を描いた「激動の昭和史 沖縄決戦」(1971年、日本)だ。戦争を扱う映画は多いが、この作品は「戦死者を英雄視したり、被害者としての面を過度に強調したりすることなく、実際にあったエピソードを比較的淡々と再現していた」。いろいろな人がいろいろな思いを抱いて生き、涙し、死んでいった。「これまで何度か沖縄を訪れた時は『ただの地面』だったが、映画を見た後では『いただいたもの』に変えられた」

米国ではサンフランシスコで暮らしていた英月さん。不安も大きい中、「日本人だからと差別されることもなく、逆に大切にしてもらったことに驚いた」と振り返る。アルバイト先では採用された日に鍵を渡され、住むアパートもすぐ見つかった。「『日本人ならきちんとしている』『信頼できる』と言われた。私の力ではなく、この地で生きてきた先輩たちが築いた信頼があったからこそ」。今立っている大地も、自分の命も、先人たちからのいただきもの。映画から受け取ったメッセージだ。

漠然とした不安 道の下にも道がある

感染の収束が見通せず、漠然とした先行きへの不安もある。「お経には『闇とは世間だ』と説かれています。私たちは世間の価値観にのまれて、真実が見えなくなっているというのですが、コロナの暗さもそんな側面があるのでは」。そんな時には「どんな良いことがあった日も、そうでない日も、同じ1日」という事実に目を向けることが大事だという。


「日日是好日 通常版」DVDとブルーレイは、発売元・ピネットファントム・スタジオ/パルコ、販売元・ハピネット・メディアマーケティング
©2018「日日是好日」製作委員会

「日日是好日」(2018年、日本)はそれを教えてくれる作品。「本当にやりたいこと」を見つけられないまま日々を過ごしていた20歳の典子(黒木華)が、いとこの美智子(多部未華子)に誘われるまま武田先生(樹木希林)の茶道教室に通い始める。慣れない決まり事に戸惑いつつ、就職や失恋などの経験から茶道の、そして人生の大切なことを学んでゆく。

「描かれるのは淡々と流れる何気ない日常だけど、どこか特別」。茶室という空間は自然の移り変わりと共にある。冬は寒く、夏は暑く、季節の花が飾られ、気候に合ったお菓子が出される中で一服のお茶をいただく。「当たり前のことなのに、私たちはそれが特別と感じるような世間を生きている。目の前のことをよく見つめて生きるのが難しくなっている」。ウイルスは確かに暮らしを大きく変えたが、今日を大切に生きていくことは変わらない。そう思い返すことが心の平穏につながるかもしれない。


「男はつらいよ HDリマスター」発売販売元:松竹 ©1969 松竹株式会社

もう一つのおすすめは、おなじみの「男はつらいよ」シリーズ。「若い頃は〝食わず嫌い〟だった。やぼったい印象で、なぜこんなに続編が作られるのか謎だった」。ところが、30代半ばで米国から一時帰国した時、旅行中のバスで見て印象が変わった。「ものすごく響いた。米国で生きていくことの厳しさを知り、寅(とら)さんの生き方が染みたのかも」

寅さんの魅力とは何か。「社会の落ちこぼれのような人物だが、卑屈になることも、ことさら威張ることもなく、自分の命を生きている」。シリーズには「こうでなくてはならない」という枠からはみ出ても大丈夫、というメッセージが貫かれていると感じている。「『もうあかん』と思っても大丈夫。確かにつらく、大変な思いをすることもあるが、道を踏み外したと思ったその下にも道はあります」

ライター
ひとしねま

花澤茂人

毎日新聞大阪学芸部記者

カメラマン
ひとしねま

菱田諭士

毎日新聞写真部カメラマン