単身渡米した時の映画にまつわるエピソードを語る英月さん

単身渡米した時の映画にまつわるエピソードを語る英月さん

2022.3.21

英月の極楽シネマ:特別編・前 コロナでも映画を

「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。

ひとしねま

花澤茂人

波瀾万丈人生の僧侶、英月さんが今見たい名作


新型コロナウイルスの感染拡大で募る悩みや不安……。京都の僧侶、英月さんは、お見合いが嫌になり単身で渡米するなど波瀾(はらん)万丈の人生を歩む中で、映画から多くを教わり、気持ちを切り替えてきた。仏教の視点から映画を語る毎日新聞大阪紙面の連載「英月の極楽シネマ」は、まもなく100回。今回は特別編として、今だから見たい6の作品・シリーズを、毎日新聞大阪学芸部・花澤茂人記者が聞く。悩みや不安の種類別に前編、後編に分けて紹介する。

生活が苦しい 夢のある話

新型コロナで仕事に影響が出て、お金に悩む人も少なくない。「そんな時に映画なんて、と思うかもしれない。私はそれでも映画を見たい」と英月さんは言う。英月さんは親から35回もお見合いを強いられて嫌気がさし、29歳の時に単身渡米。英語はままならず、全財産の100万円で少しでも長く生活するために生活を切り詰め、語学学校の自動販売機で60セントのコーラを買うのも我慢した。

それでも「学割で6ドルだった映画館のチケットは買いました」と振り返る。たった2時間でも生活の流れを断ち切り、気持ちを仕切り直せたからで「それが映画の大事な側面。人はパンだけでは生きていけません」。
そんな時に見たいのは「とにかく元気になる映画」。英月さんが選んだのは「歌声にのった少年」(2015年、パレスチナ)だ。

「歌声にのった少年」 DVDは発売・ニューセレクト

パレスチナ・ガザ地区出身の歌手、ムハンマド・アッサーフの半生を基にした作品。歌手になることを夢見て、仲良しの姉や友人とバンドを組んでいたが、姉が重い病で亡くなってしまう。少年は姉との約束を果たすため、命がけでガザの壁を越えて、オーディション番組に出場。やがてスーパースターとなる。「夢だと分かって映画の世界にどっぷりとつかるのもいいですが、これは実話が基になった物語。とっても元気をもらえます」

人と会えない 自分自身に会う

隔離や移動の自粛で、家族や友人に会えないのはつらいことだ。英月さんのおすすめは意外にも、香港ノワールだった。「インファナル・アフェア」(02年、香港)、「インファナル・アフェア 無間序曲」(03年、同)、「インファナル・アフェアⅢ 終極無間」(03年、同)の3部作。


「インファナル・アフェア」 ブルーレイとDVDは、発売元:カルチュア・パブリッシャーズ、販売元:ポニーキャニオン
©2002 Media Asia Films(BVI)Ltd. All Rights Reserved.


「友人なり、同僚なり、人と会っているつもりだったけれど、本当に出会えていたのか。もっと言えば、自分自身とさえ出会えていないのではないか。そんなことを問いかけられる映画です」

香港を舞台に、マフィアと警察が互いに送り込んだ潜入者の葛藤と戦いを描いた作品。ボスの指示で警察に入ったマフィアのラウ(アンディ・ラウ)、警察学校に通っていたが上司の指示でマフィアに潜入したヤン(トニー・レオン)はそれぞれの組織で出世するが、やがて内通者の存在が知られ追い詰められていく。ハリウッドや日本でもリメークされた。

敵か味方か。人間関係が入り乱れる。「相手の本当の姿に出会えないまま、思い込みで誰かを殺したり、殺されたり」。同じようなことは、一般の社会にもあるのではないかと英月さんは指摘する。「私たちが会っているのは、大抵は自分の中で作り上げたイメージの中の相手。いつもは『いい人』だと思っている友達も、何かあれば『嫌な人』。でもお土産でももらおうものなら『やっぱりいいところもある』となりませんか? 私はなります」と笑う。

他者との関係だけではない。「Ⅲ」でラウは「善人でありたい」との思いとマフィアである現実とに引き裂かれ、自分と他人の区別もつかなくなっていく。「映画は極端な状況ですが、では私は私自身と出会えているのか?と思います」

目の前に相手がいる時は、そうしたことをじっくり考えるのは難しい。「会いたくても会えない、でも時間はある今、お互いに自分の都合で相手を見て、自分も見ているのだということを少し意識してみては。本当に出会い直すチャンスかもしれません」

家族にうんざり 人の背景を知る

それとは逆に、リモートワークで家族がずっと自宅にいて、「顔を合わせるのもうんざり」という人もいるだろう。 「ジョイ・ラック・クラブ」(1993年、米)が、大切なことを教えてくれるという。英月さんが「自分のメールアドレスにタイトルの一部を入れた」ほどお気に入りの映画だ。


DVD/デジタル配信 ©2022 Buena Vista Home Entertainment, Inc. 発売/ウォルト・ディズニー・ジャパン

故郷の中国からそれぞれの事情で米国へと渡った4人の女性と、米国人として生まれ育った娘たちの葛藤と絆を描いた物語。ある一人の母親の死をきっかけに、親に反発していた娘たちも、その背景に目を向け始める。「背景を知ると、意味が変わる」と英月さん。当然だが、どんな人にもそれぞれ生きてきた歩みがある。しかし家族は関係が近いからこそ、互いに「母」や「娘」という関係性ばかりに目がいき、不満があると「なぜ母なのにこんなことをするのか」「娘なのにどうして理解してくれないのか」と思いがちだ。しかし「一人の人間として歩んできた背景を知ることで、目の前の出来事の意味も変わってきます」。

英月さん自身も家族との葛藤も経験している。両親だけではない。米国で10年ほどを過ごして友人や理解者が増え「現地にお寺を作ろう」と盛り上がっていたさなか、実家の寺を継ぐはずだった弟が突然、「お寺が嫌になった」と言い残して家出。英月さんは後ろ髪を引かれながら帰国した。「両親や弟にそうさせた背景は、実は私には分からない。でも何らかの背景があるという事実を知ると、出来事が個人的な問題ではなく、縁が整って起こされたのだと知らされる」。必ずしも理解や共感ができるわけではないが「家族だから同じ背景を持っているわけではないと知ることで、解放される思いもあるのではないでしょうか」。

もし今、家族と向き合う時間がたっぷりあるのなら、その人生にじっくり目を凝らしてみてはどうだろう。「知っているつもりだった身近な人たちの知らなかった姿が、立体的に浮かび上がってくるはずです」

後編につづく。

ライター
ひとしねま

花澤茂人

毎日新聞大阪学芸部記者

カメラマン
ひとしねま

菱田諭士

毎日新聞写真部カメラマン

この記事の写真を見る

  • 単身渡米した時の映画にまつわるエピソードを語る英月さん
さらに写真を見る(合計1枚)