春原さんのうた

春原さんのうた

2022.1.07

特選掘り出し!:「春原さんのうた」 笑顔が際立たせる喪失

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

沙知(荒木知佳)は大切なパートナーを失ったことで、仕事を変え、住む部屋も移って新しい生活を始める。映画は沙知の淡々とした日常を積み重ねていくが、その人への思慕はなかなかぬぐえない。叔父や叔母、友人らが寄り添い手を差し伸べようとする。

残酷な映画である。喪失を抱える沙知の日常を淡々と映し、周囲の気遣い、思いやりが喪失の深さを浮き彫りにする。沙知の素直さややさしさがピュアであるほど、行き場のない悲しみが浸透していく。杉田協士監督は計算され尽くした演出で沙知を追い詰める。だから、心に響く映画になった。

沙知の部屋は玄関のドアも窓も開いていて風が抜け、街を歩けば陽(ひ)の光が沙知を照らす。どら焼きやケーキも食べるし、居眠りも、笑いもする。それでも、画面にはほとんど映らない切々とした心情が観客の内面をかき乱す。自身の境遇に憤り、人のせいにし、わめきちらせばいくらかでも楽なのに、と感じてしまう。沙知のあどけない笑顔、時折見せる思い詰めたまなざしが喪失の深遠を際立たせる。沙知の本当の気持ちはどうか、とおもんばかってしまうのだ。厳しい映画である。2時間。8日から東京・ポレポレ東中野、29日から大阪・シネ・ヌーヴォ。(鈴)

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